香りの油を包むと、古い写本を守れる?

香りの油を包むと、古い写本を守れる? 香りの科学

香りの油には、嗅いで楽しむ以外の使われ方もあります。南アジアや東南アジアなどに伝わる、ヤシの葉に文字を記した貝葉写本では、葉の柔軟さを保つためにクローブ油などが使われてきました。ただし、油が揮発すると、効果も続きにくくなります。

Dingらが2025年に発表した研究は、クローブ油を小さなカプセルに包み、セルロースの微細な粒子と組み合わせることで、この問題に取り組みました。目的は香りを強く感じさせることではなく、もろくなった葉の強さと、壊れにくさを長く保つ材料をつくることです。

古い文化財の代わりに、傷みを再現した試料を使う

実験に使ったのは、雲南省で入手した、伝統的な方法でつくられた現代の貝葉写本です。これを化学処理と加熱によってもろくし、劣化した写本を模した試料を用意しました。歴史的な写本そのものに、新しい材料を塗って効果を確かめた研究ではありません。

研究者は、新材料のほか、クローブ油だけ、セルロースの微細粒子だけ、油を包む殻がない組み合わせ、油を含まない組み合わせなども用意しました。未処理の試料を基準に、外観と力学的な性質を比較しています。

油を包む殻と、葉を支えるセルロース

材料を構成するのは3つです。クローブ油、PMMAというアクリル系の高分子、そしてセルロースナノウィスカーです。最後のものは、植物の繊維の主成分であるセルロースからなる、細い針のような粒子です。

まず、油を含む小さな液滴を水の中に分散させ、セルロース粒子で安定させます。その後、製造に使った溶媒を蒸発させると、PMMAが油を包む殻をつくります。セルロース粒子は、できたカプセルをつなぐ網目のような構造にもなります。

電子顕微鏡では、油を入れた中心と殻をもつ球状構造が観察されました。粒子の大きさには幅がありますが、選んだ条件では数百ナノメートル程度のカプセルが得られています。著者らは、溶媒の蒸発に伴って、元の液滴の表面から小さなカプセルが押し出されるように生まれると考察しました。

油と殻の材料の割合を変えて比較した結果、選んだ処方では、最初に加えた油の約51%がカプセルに取り込まれました。完成した固体材料に占める油の割合は約35%です。この2つは、分母が異なる数字です。

油は、どんな速さで出てくる?

カプセルから油が出る様子は、水中で調べました。選んだ処方では、最初の2時間で約56%が放出され、4時間で約63%になりました。最初は速く、その後はゆっくりになる放出のしかたです。

数学的なモデルとの比較から、著者らは、油が濃度差によって少しずつ移動する拡散が主な仕組みだと解釈しています。ただし、水中への放出を測った結果を、そのまま乾いた写本から空気中へ出る速度や、人が匂いを感じる時間に置き換えることはできません。

別に、室温付近で7日間の質量変化も測りました。新材料の質量減少は約2.9%、油だけでは約33.1%でした。新材料には揮発しにくい殻やセルロースも含まれるため、油そのものだけの残存率と同じ分母ではありませんが、著者らは、油を保持しやすくなったことを支持する結果と捉えています。

見た目を大きく変えず、引っ張りに強くする

材料をしみ込ませた模擬写本では、新材料による目立った外観の変化は見られませんでした。一方、油だけでは表面につやが出て、殻のない組み合わせや油のない組み合わせでは、白い残りが目立ちました。後者の2条件は、その後の力学試験から除かれています。

引っ張り試験では、未処理に比べ、新材料で引張強度が約44%、破壊までにエネルギーを受け止める性質の指標が約102%、切れるまでの伸びが約58%増えました。試験片は、これらの測定で各条件9〜12個を用いています。

クローブ油だけでも改善はありましたが、新材料のほうが大きな改善を示しました。セルロース粒子だけでは、曲げたときのたわみは増えたものの、引っ張りに関する指標はほとんど改善しませんでした。柔らかく曲がることと、複数の力学的な性質が改善することを分けて評価しています。

高温多湿の試験でも、効果が残るか

持続性は、80℃、相対湿度65%という高温多湿の条件で、劣化を速めて調べました。油だけを使った試料では、1日後には力学的な改善が大きく失われました。

新材料で処理した試料は、4日後でも、未処理の基準に比べて引張強度が約21%、壊れるまでのエネルギーに関する指標が約49%高い値を保ちました。この耐久性試験では、引っ張りに関する測定に各条件8個の試験片を用いています。

ただし、加速試験の4日を、保管庫での何年に相当すると直接換算したものではありません。実際の写本は、傷み方、インク、保管環境もさまざまです。歴史的な資料で何十年も効果が続くことや、あらゆる資料に害がないことまでは確認していません。

「支える」と「少しずつ放す」を組み合わせる

顕微鏡で見ると、新材料は葉の表面に薄い膜をつくり、その中にカプセルが埋め込まれていました。一部は内部にも入り、組織のすき間をつなぐように分布していました。引きちぎった面では、未処理より繊維が引き抜かれた跡が多く、破壊のしかたも変わっていました。

著者らは、表面の膜と内部の橋渡しが構造を支え、カプセルからの油の放出が柔軟さを保つという、2つの働きが組み合わさったと考えています。単に油を長く閉じ込めるだけでなく、包む側の材料にも補強の役割を持たせた点が、この研究の特徴です。

材料が葉と両立しやすいという期待はありますが、長期の化学的安定性や、必要なときに処置を取り除けるかなど、文化財への適用にはさらに検討が必要です。家庭の本や貴重な写本にクローブ油を塗る方法として受け取るものではありません。

まとめ

クローブ油を高分子の殻に包み、セルロース粒子と組み合わせると、模擬貝葉写本の強さと壊れにくさが改善し、高温多湿の試験でも、油だけより効果が長く残りました。

香りの油の性質を生かしながら、出ていく速さを調節し、材料そのものでも葉を支える。著者らは、この組み合わせを、貝葉写本の補強を長持ちさせる有望な方法と位置づけています。揮発することが弱点になる場面で、香りを包む技術に新しい役割を与えた研究です。

参考文献

Ding, J., Yu, J., Zhu, J., Zou, W., Zhang, Y., Feng, R., Zhao, X., Wang, S., Li, L., & Li, X. (2025). Controlled-release clove oil nanocapsules integrated with cellulose nanowhiskers for durable toughening of palm leaf manuscripts. npj Heritage Science, 13, 482. DOI: 10.1038/s40494-025-02065-3 / 原著全文。原著:© The Author(s) 2025, CC BY-NC-ND 4.0。