喜びこそ新しいラグジュアリーだと心から信じている。だから、それをボトルに詰めることにした。
— ヤスミン・スウェル(創設者)
鮮やかなガラス瓶に、大きく回り込むブランドロゴ。その底には、小さなクリスタルが光る。Vyrao(バイラオ)は、2021年にロンドンで生まれた香水ブランドである。香りを選ぶ出発点に置くのは、花や木の名前だけでなく、その日、自分がどのように感じたいかという問いだ。
創設者は、ファッションの世界で長く活動してきたヤスミン・スウェル。心身の充実を意味するウェルビーイングへの関心を、調香師たちとの共同制作へとつなげた。色、言葉、香りを通して感情に働きかけようとするバイラオには、彼女の仕事と暮らしの両方が重なっている。
基本情報
設立年:2021年
創設者:ヤスミン・スウェル(Yasmin Sewell)
誕生の地:イギリス・ロンドン
公式サイト:https://vyrao.com/
創設者とブランドの成り立ち
シドニーの海と、母の美容室で育った子供時代
スウェルは、シドニーのクージー近くで、レバノンにルーツを持つ家族に囲まれて育った。母が営む美容室には、親戚や友人たちが集まっていた。髪を整えるだけでなく、美しさを楽しみ、自分をいたわる時間を共有する場所でもあった。
ファッションとの最初のつながりも母である。1980年代初め、母は自分と娘のために服を縫っていた。タフタのボールガウンは、スウェルの記憶に残る一着だ。彼女にとって、装いで自分を表現することは、子供時代に受け取った母の愛を思い出すことでもあった。
一方で、10代の彼女が憧れていたのはサーフガールだった。大きなMAMBO(マンボ)のTシャツを着て、海のある暮らしに親しんだ。シドニーの自然と海は、後の創作にも影響を与え続けることになる。
ロンドンでの仕事と、ブティック「ヤスミン・チョー」
15歳で学校を離れ、すぐに働き始めたスウェルは、1990年代にロンドンへ渡る。ファッションの仕事を望んでいたものの、最初から明確な職種が決まっていたわけではない。初期の仕事のひとつが、セレクトショップ「ブラウンズ」のウィンドウディスプレイだった。
そこで彼女が気にかけたのは、商品と同じくらい、店を訪れる人の気持ちだった。当時の高級店に見られた気取った接客に、居心地の悪さを感じていた。
店に入ってきた誰もが、いつでも気分よく過ごせる店をつくれないだろうか。
— ヤスミン・スウェル
この問いが、最初の自分の店「Yasmin Cho(ヤスミン・チョー)」の土台となった。洋服を選ぶことと、その場にいる人が気持ちよく過ごすこと。スウェルは、店舗づくりの段階から、その両方を大切にしていたのである。
その後はブラウンズやリバティのバイイングを担い、コンサルティングの仕事へと活動を広げる。2013年にはファッションブランド「Être Cécile(エトレ・セシル)」を共同創設し、2015年にはStyle.comのファッションディレクターに就任。2017年には、ファーフェッチのスタイル&クリエイティブ部門のヴァイスプレジデントとなった。小さな店から、世界に向けて商品やイメージを届ける仕事へと、役割は広がっていった。
ファッションの仕事と並行して学んだ瞑想とヒーリング
華やかな仕事の歩みと並行して、スウェルは自分の心身に向き合ってきた。22歳のとき、離婚、事業の失敗、母の重い病気が重なった。ウェルビーイングについて本格的に学びたいと考え、最初に手に取ったのが、ルイーズ・ヘイの『You Can Heal Your Life』だった。
その関心は、香水ブランドを立ち上げる直前に生まれたものではない。2014年の時点で、彼女はレイキを学び、ヴェーダに由来する瞑想を実践していた。仕事や子育てで毎日瞑想することの難しさも感じながら、教師のギャリー・ゴロウらとロンドンで心身を整えるクラスを開いている。
服や化粧品の見た目だけに、美しさの意味を限定しない。自分がどのように暮らし、どのように感じているかにも目を向ける。その考え方は、ファッションの仕事と同じ生活の中で、長い時間をかけて育っていた。
2019年の休息から、香水ブランドの構想へ
2019年、スウェルは仕事と生活を変える時期だと感じた。約7か月、息子たちと過ごし、家を整え、菜園をつくる時間を持った。ウェルビーイングに関わる仕事をしたいとは考えていたが、最初から香水をつくるつもりだったわけではない。
スウェルが選んだのは、感覚を通じて喜びを届けるという道だった。日常の中で手に取り、自分のために使うものに、その意図を込める。長く身近にあった香りが、新しい仕事の中心となった。
最初に相談した相手は、ヒーリングの教師であり、友人でもあるルイーズ・ミタ(Louise Mita)だった。スウェル自身が学んできたエネルギー・ヒーリングの考え方は、バイラオの世界観の土台となる。香水は、その信念を日常の中で手に取れる形にするための表現だった。
リン・ハリスとの共同制作と、2021年の誕生
香りを形にするために迎えたのは、PERFUMER H(パフューマー・エイチ)を主宰する調香師、リン・ハリス(Lyn Harris)である。プロジェクトを始めるときに初めて会ったスウェルは、依頼を引き受けてもらえるか緊張していた。ハリスは構想をすぐに理解し、制作へ加わった。
スウェルは研究室にも足を運び、香りづくりに深く関わった。ふたりが話したのは、勇気、解放、明晰さ、自己愛、人を引きつける力といった、感情や心のあり方だった。
彼女は勇気、解放、明晰さ、自己愛、引きつける力について語った。その考えを香りに翻訳できた私は幸運だった。
— リン・ハリス(調香師)
スウェルは植物を用いる伝統的な療法やアロマテラピーにも目を向け、その発想をハリスと共有した。香りの美しさに加え、どのような感情を目指してつくるのかを、制作の課題として渡したのである。
開発は、新型コロナウイルスの流行期と重なった。スウェルは自分の貯蓄を投じ、100人を超える人々に香りを試してもらった。ヒーリングという考え方が受け入れられるかは、彼女にも不安があった。それでも、試した人々が複数の香りを気に入る様子が、手応えとなった。
2021年、バイラオはハリスが手がけた5つの香水とともに誕生する。身につける人の性別で区分せず、異なる感情をテーマにした出発だった。その日の自分がどうありたいかを考えて香りをまとうという習慣が、ブランドの中心に置かれた。
ブランドのこだわり
感情を起点にする香りづくりと、祖母の記憶
感情がいつも最初に来る。私たちには何が必要だと感じるだろうか。
— ヤスミン・スウェル
バイラオでは、目指す感情を決めてから、素材、香りの構成、色、名前を考える。ボトルに添える肯定的な言葉も、同じ意図に沿って選ばれる。香水をまとう際にその言葉を唱える「Spray & Say」は、自分がどうありたいかを意識するための習慣として提案されている。
創業時の「Georgette(ジョーゼット)」には、この考え方とスウェルの個人的な記憶が重なる。名前の由来は、子供のころ一緒に暮らした祖母。祖母がまとっていたエリザベス・アーデンの「レッド・ドア」や、庭のバラを一緒に摘み、家に飾った時間が、香りの背景にある。スウェルが覚えているのは、愛情深い人のそばにいた感覚だった。
自己愛をテーマにした創業時のジョーゼットは、トルコ産ローズに、ブラック・タバコやガイアックウッドを重ねた香りだった。スウェルは、柔らかさと強さが共存する、性別に縛られないローズを求めた。バラは、自分を大切にするという主題を、身近な人の記憶から形にする素材でもある。
「ザ・シックス」で取り入れた、香りと感情の研究
2022年の「The Sixth(ザ・シックス)」では、共同制作の方法が広がった。調香を担当したメイヴ・マカーティン(Meabh McCurtin)は、分子生物学の博士号を持つ調香師である。スウェルの構想に、長年相談してきたサイキック・アドバイザー、キャット・ニコルソンの助言と、香料会社IFFの「Science of Wellness」が加わった。
IFFは、香りに対する感情や認知の反応を長年研究し、その知見を調香に用いている。ザ・シックスでは、そうした研究を素材選びに取り入れ、マインドフルネス、つまり今この瞬間に意識を向けることを創作のテーマに据えた。
マカーティン自身の着想には、アイルランドで訪ねた修道士のハーブ園もある。そこで知った、ニガヨモギやゲンチアナの根を使う苦味のある植物の世界が、香りの組み立てにつながった。ザ・シックスには、こうしたハーブにジュニパーや針葉樹、苔の素材を合わせる構成が見られる。植物の伝統的な使われ方と、現代の香りの研究を、ひとつの制作の中で交差させた作品である。
この協働は、2026年の「Ever 11(エヴァー・イレブン)」にも続く。スウェルがテーマにしたのは、自分を深く受け入れることだった。自信には波があるという自身の感覚を出発点に、マカーティンとIFFが、ブラック・チェリー、レザー、バニラなどを組み合わせた。新作ごとに感情の問いを立て、香りの形を探し直している。
色と大きなロゴで表現するボトルデザイン
丸みのある黒いキャップ、厚みを持つ色付きガラス、瓶の曲面を横切る大きなロゴ。バイラオのボトルは、香水を使う前から、色と造形で目を引く。デザインとパッケージには、クリエイティブディレクターのジェイミー・パールマン(Jaime Perlman)が関わり、ガラス瓶と外装の製造にはキープミーが携わった。
ブランド名は、ラテン語の「vireo」に由来する。緑に育つこと、勢いよく芽吹くことのイメージを持ち、その意味はシグネチャーカラーの鮮やかなグリーンにも表れる。「I am Verdant(アイ・アム・ヴァーダント)」の緑色の瓶も、成長や変化という作品のテーマにつながっている。
創業時の香水では、瓶の底にハーキマー・クリスタルを忍ばせる仕様も採用した。ハーキマー・ダイヤモンドとも呼ばれる透明な水晶で、ミタがブランドの意図を込める役割を担う。石やヒーリングに意味を託すスウェルの信念が、ボトルの中に小さな形として収められているのである。
その信念とともに、バイラオは香りへの感情反応を調べるIFFの研究も取り入れている。クリスタルの儀式と研究をそれぞれの背景として持ちながら、香り、色、言葉を組み合わせる点に、ブランドの創作の特徴がある。
インセンスとキャンドルで、暮らしにも香りを広げる
バイラオは、香水に加え、インセンスやキャンドルも手がける。スウェル自身も、自宅で香りを焚き、空間の雰囲気が変わることを楽しんでいる。肌につける香りだけでなく、家で過ごす時間にも感覚の居場所をつくる。その広がりには、彼女が庭や家族との生活を大切にしてきた姿勢が表れている。
ちなみに…
グリーンへの思い入れは、パッケージだけにとどまらない。スウェルはバイラオを立ち上げる際、自宅の壁もすべて緑に塗り替えていた。毎日暮らす空間まで、ブランドの色に包まれていたのである。
参考文献
- Our Story — Vyraoの理念と創設者の言葉 — https://vyrao.com/pages/our-story
- I am Verdant — 公式製品情報とボトル画像 — https://vyrao.com/products/i-am-verdant-1
- VOICE FROM YASMIN SEWELL — Life&Beauty by JUN ONLINE、2022年8月12日 — https://landb.junonline.jp/news/178375
- Yasmin Sewell Created High-Vibration Fragrances To Heal, Shift And Optimise Your Energy — GRAZIA、創設者インタビュー — https://graziamagazine.com/articles/yasmin-sewell-vyrao/
- Yasmin Sewell, Founder, Être Cécile — Into The Gloss、2014年のインタビュー — https://intothegloss.com/2014/10/yasmin-sewell-etre-cecil
- Farfetch appoints Yasmin Sewell as VP style and creative — TheIndustry.fashion、2017年8月10日 — https://www.theindustry.fashion/farfetch-appoints-yasmin-sewell-as-vp-style-and-creative/
- Five Vyrao Perfumes to Enhance Your Mood — リン・ハリスによる最初の5作品について — https://vyrao.com/en-us/blogs/news/five-vyrao-perfumes-to-enhance-your-mood
- Yasmin Sewell On Crafting Sensory Joy With Her Fragrance Brand Vyrao — Forbesインタビューの公式掲載、2025年3月10日 — https://vyrao.com/blogs/news/yasmin-sewell-on-crafting-sensory-joy-with-her-fragrance-brand-vyrao
- Yasmin Sewell’s Favourite Perfume For Creativity — The Zoe Reportインタビューの公式掲載、2022年9月26日 — https://vyrao.com/en-us/blogs/news/yasmin-sewells-favourite-perfume-for-creativity
- The Sixth: Meet Our Perfumer — メイヴ・マカーティンの制作背景、2022年10月5日 — https://vyrao.com/en-us/blogs/news/the-sixth-meet-our-perfumer
- The Story Behind The Sixth by Vyrao — 共同開発の経緯、2022年9月26日 — https://vyrao.com/blogs/news/the-story-behind-the-sixth-by-vyrao
- Science of Wellness — IFFによる香りと感情の研究・開発プログラム — https://www.iff.com/scent/science-of-wellness/
- The Sixth — 公式製品情報 — https://vyrao.com/products/the-sixth
- Ever 11 Has Landed — ヤスミン・スウェルによる新作の紹介、2026年8月6日 — https://vyrao.com/en-us/blogs/news/ever-11-has-landed
- Vyrao — ボトル・パッケージ製造を担うKeepMeの制作事例 — https://keepme.co.uk/portfolio/vyrao
- Mine — Herkimer Diamond Mines、ハーキマー・クリスタルについて — https://herkimerdiamond.com/mine/
- Meet Our Energy Healer Louise Mita — クリスタルとブランド内での役割、2022年10月14日 — https://vyrao.com/en-us/blogs/news/vyrao-meet-our-energy-healer-louise-mita


