同じ匂いを嗅ぎ続けると、脳の反応は変わる?

同じ匂いを嗅ぎ続けると、脳の反応は変わる? 香りの科学

最初ははっきり感じた匂いが、しばらくすると気にならなくなる。同じ匂いへの反応が弱まるこの現象は、嗅覚の「慣れ」と呼ばれます。そのとき、脳が匂いを処理する早い段階にも、変化は起きているのでしょうか。

Kimらは2020年、若い成人を対象に、同じ匂いに30秒間触れた後の感じ方と脳波を調べました。とくに注目したのは、匂いを吸い込むときの、ごく早い40〜200ミリ秒の反応です。従来よく調べられていた200〜800ミリ秒よりも前に、慣れに関わる違いが現れるかを確かめようとしました。

先に嗅ぐ匂いを、3通りに変えた

参加者は19〜29歳の14人で、装置上の問題があった1人を除く13人のデータを解析しました。全員、事前検査で嗅覚が正常範囲とされた人です。

使った物質は1-ヘプタノールと2-アセチルピラジン。化学構造と匂いの印象が異なる2つを選び、一方への慣れがもう一方にも及ぶ影響を小さくしようとしました。参加者は、まず匂い、または無臭の対照である蒸留水を入れた容器を30秒間嗅ぎ、その直後にテスト用の匂いを約2秒間嗅ぎます。

条件は、最初とテストが同じ匂い、別の匂い、最初は無臭でテストだけ匂い、の3種類です。次の試行まで30秒の休憩を挟み、条件の順番は無作為に変えました。

匂いの強さを9段階で答えるテストと、脳波を記録するテストは別に行っています。脳波の測定時は、慣れるための30秒間は容器から嗅ぎ、その後のテスト用の匂いは装置とマスクで送りました。自然に呼吸してもらい、呼吸の周期も記録しています。

同じ匂いの後だけ、弱く感じられた

強さの評定は、同じ匂いを先に嗅いだ条件で、無臭の後や、別の匂いの後より低くなりました。どちらとの比較にも統計的な差がありました。一方、無臭の後と別の匂いの後の差は明確ではありませんでした。

この結果から、今回の2物質と提示条件では、単に何かを嗅いだことよりも、同じ匂いを繰り返したことが、感じる強さの低下に関わったと考えられます。ただし、あらゆる香りの組み合わせで、別の匂いへの慣れが起きないという意味ではありません。

早い脳波の変化は、一律に小さくなるだけではなかった

頭皮上の64か所で記録した脳波から、試行を重ねて平均し、匂いを吸うタイミングに対応する波形を取り出しました。このような反応を事象関連電位と呼びます。今回の解析では、息を吐く段階から吸う段階へ切り替わる時点を基準に、40〜200ミリ秒の範囲で、負方向と正方向に最も大きく振れる点を調べました。

複数の測定位置で、その振れ幅や、ピークが現れる時刻に条件差が見つかりました。同じ匂いに慣れた条件では、振れ幅が小さくなる位置も、大きくなる位置もありました。ピークの時刻についても、すべての場所が同じ方向へ変化したわけではありません。

たとえば、頭頂部に近いある測定位置では、正方向のピークは無臭の後で平均107ミリ秒、別の匂いの後で108ミリ秒だったのに対し、同じ匂いの後では160ミリ秒でした。この位置では、同じ匂いの後の遅れに統計的な差がありました。これは、匂いに慣れると脳全体の反応が一律に遅くなる、という結果ではありません。

強さの評定と脳波の特徴を比べた分析でも、いくつかの測定位置で関連が見られました。負方向の振れ幅と強さの相関は最大で約0.49。正方向の振れ幅では、強さが高いほど大きくなる位置と、小さくなる位置の両方がありました。著者らは、左右で異なるパターンも、匂いへの慣れを考える手がかりにしています。

匂いの慣れは、初期の処理にも関わる可能性

この研究の重要な点は、慣れに関連する脳波の違いが、200ミリ秒より前にも見られたことです。著者らは、匂いの情報を受け取る初期の段階から、脳内の嗅覚処理が調整される可能性を示す結果だと考えています。

過去の研究で知られる梨状皮質や眼窩前頭皮質などの働きと照らし合わせ、これらの領域が早い変化に関わるのではないか、と論文は議論しています。ただし、今回の頭皮上の脳波から、変化の発生源がその領域だと直接特定したわけではありません。強さの評定との相関も、特定の脳波の変化が、弱く感じることを引き起こした証明ではありません。

また、40〜200ミリ秒は、30秒間慣れた後に行うテストでの反応の時間帯です。「匂いを嗅ぎ始めて0.2秒で慣れが完成する」という意味ではありません。慣れていく30秒間を通じて脳波の変化を追跡した研究でもありません。

注意や呼吸、鼻の側の変化も残る課題

著者らは、同じ匂いには注意を向けなくなり、新しい匂いには注意が向きやすくなることも、結果に影響した可能性を挙げています。自然な呼吸を許した測定方法や、最初と次の匂いが同じか違うかを受け止める処理も、先行研究との違いに関わるかもしれません。

別の匂いの後と無臭の後では、強さの評定に明確な差がなくても、脳波が異なる場所がありました。そのため、2物質間の慣れの影響を完全に除けたともいえません。鼻の嗅細胞側の反応が変わる影響も、脳内の変化と切り分けていません。

信号に対する雑音の割合も、先行研究より大きいことが論文で認められています。13人、2物質という小規模な実験で、多くの測定位置を調べた結果です。どの位置でどんな変化が起きるかは、さらに確かめる必要があります。香水の持続時間や、慣れから回復させる方法を調べたものではありません。

まとめ

同じ匂いを30秒間嗅いだ後には、次の匂いが弱く感じられ、吸い込む際の早い脳波にも条件による違いが見られました。しかも、その変化は単に反応が小さくなるだけではなく、振れ幅や時刻、測定位置によって異なっていました。

著者らが示したのは、匂いへの慣れを理解するには、後の反応だけでなく、200ミリ秒より前の処理にも目を向ける価値があるということです。いつ、どのように匂いの受け止め方が調整されるのか。その時間的な仕組みを調べるための手がかりになっています。

参考文献

Kim, K., Bae, J., Jin, Y., & Moon, C. (2020). Odor habituation can modulate very early olfactory event-related potential. Scientific Reports, 10, 18117. DOI: 10.1038/s41598-020-75263-7 / 原著全文(PDF)。原著:© The Author(s) 2020, CC BY 4.0。