夜に大きな白い花を開き、翌朝にはしぼむ月下美人。その短い開花のあいだ、空気中へ出る成分はどう変わり、花の中でどう作られているのでしょうか。一晩の成分変化と、主要成分ゲラニオールを作る仕組みを調べた研究があります。
2025年2月に発表された研究では、月下美人が放つ成分を、夕方から翌朝まで1時間ごとに採取しました。見えてきたのは、放出量の増減に加えて、時間帯によって成分の構成も変わる姿です。対象はサボテン科の月下美人、学名Epiphyllum oxypetalumです。
花を囲む空気を、1時間ごとに集める
研究チームは、中国・四川省で栽培された月下美人を調べました。花を袋で囲み、きれいにした空気を送りながら、外へ出てくる空気に含まれる成分を吸着材に捕まえます。花を溶媒に浸して成分を取り出す方法とは異なり、咲いている花から空気中へ出るものを追う測定です。
採取したのは現地時刻の19時から翌朝7時まで、計13時点。異なる株に咲いた3つの花を同時に測定しました。花を入れない袋でも測り、袋や装置に由来する成分を差し引いています。
集めた成分は、GC–MSという装置で分析しました。混ざった成分を分離し、それぞれが何かを調べる方法です。研究では49種類の揮発性有機化合物、略してVOCを報告しています。ただし、すべてを標準試料と照合したわけではなく、データベースとの比較による暫定的な同定も含まれます。
夜が進むと、成分の構成が変わる
測定されたVOC全体の放出量は、夜間に大きく増え、その後に減る、一つの山を描きました。論文では午前2時の測定段階が最大とされています。そのとき量の多かった成分は、ゲラニオール、ベンジルアルコール、サリチル酸メチルでした。
ゲラニオールは、バラを思わせる香りを持つことで知られ、香料にも使われる分子です。この研究でも、放出量が最大となった段階では、検出された成分のなかで最も多くを占めました。月下美人の香りを調べるうえで、重要な手がかりとなる成分です。
けれども、開花中のどの時間帯でも同じ割合だったわけではありません。咲き始めには、芳香族エステルと呼ばれる一群の成分の割合が高く、その後、ゲラニオールなどのテルペノイドが中心になりました。花がしぼむころには、再びエステル類の割合が高くなっています。
ここで区別したいのは、量と割合です。ある成分の割合が上がっても、その成分の放出量自体が増えたとは限りません。ほかの成分が減ることで、全体に占める割合が大きくなる場合もあります。明け方の結果を「エステルの香りがどんどん強くなる」と読み替えることはできません。
個々の成分を見ても、変化のしかたは一様ではありませんでした。ゲラニオールとベンジルアルコールの放出量は一つの山を描き、サリチル酸メチルには二つの山が見られました。花全体が同じ配合の成分を、まとめて増減させているわけではないのです。
測った量と、鼻で感じる香り
この結果は、月下美人から出る成分の組み合わせが一晩のなかで変化することを示しています。一方で、人が何時に最も強く感じるか、どんな印象の香りに変わるかを、参加者に嗅いでもらって評価した研究ではありません。
49種類という数も、人が区別できる49種類の匂いを意味しません。また、ゲラニオールが最も多かったことだけから、花全体の香りを「ほぼバラの香り」と決めることもできません。ここまで紹介した花全体の化学分析は、香りを感じるもとになる混合物が、時間とともにどう変わるかを調べたものです。研究はさらに、その成分を作る仕組みに踏み込んでいます。
香りを作る花の内側では
研究チームは、花のどこから成分が出るのかも調べています。花弁、がく、花筒、雄しべ、雌しべに分けて比較すると、ゲラニオールとベンジルアルコールは主に花弁とがくから検出されました。この比較は、採取した組織を加温して成分を集める別の方法で行われており、花全体の夜間測定とは条件が異なります。
さらに、ゲラニオールを作る酵素の候補を調べ、EoTPSa1という酵素が材料の分子からゲラニオールを作れることを、精製した酵素の実験で確かめました。材料を供給する「メバロン酸経路」の働きを薬剤で妨げると、ゲラニオールの放出も大幅に減りました。
酵素に蛍光の目印を付けてタバコの仲間の葉で働かせる実験では、この酵素が葉緑体の中へ運ばれず、細胞質に存在することも確認しました。材料供給の実験と合わせ、月下美人では細胞質を場とするゲラニオール合成が重要だと考えられます。植物のモノテルペンは、一般には葉緑体などの色素体で、別の経路から供給される材料を使って作られます。今回の重要な点は、月下美人では細胞質のメバロン酸経路とテルペン合成酵素を結ぶ作り方を確かめ、同じゲラニオールを作る仕組みの多様性を示したことです。
これらは、花の中でゲラニオールが作られる仕組みを支える証拠です。ただし、この酵素一つが一晩の香りの変化をすべて決めると示したわけではありません。成分ごとの時間変化を読み解くには、何を作れるかに加えて、いつ、どれだけ作り、外へ放つかを考える必要があります。
まとめ
月下美人の香りを理解するには、何がいつ放たれるかと、花の中でどう作られるかの両方を見る必要があります。この研究は、一晩の成分変化を捉えるとともに、細胞質で働く酵素EoTPSa1と、メバロン酸経路から供給される材料によって、主要成分ゲラニオールが作られる仕組みを示しました。花の香りを、放出される成分と生合成の両面から結びつけたところに重要な成果があります。
ここから調香や香りの記録へ引き寄せるなら、「月下美人の香り」に加えて、開花のどの段階を捉えたものかを残すとよい、と考えることもできます。論文で有効性を試した記録方法ではありませんが、時間によって成分の構成が変わることを踏まえた工夫です。人が感じる印象との対応は別に確かめる必要がありますが、同じ花の一晩のどこを見ているかに目を向ける面白さがあります。
原著情報
Yiyang Zhang, Yuhan Zhang, Andong Zhang ほか
Floral scent emission of Epiphyllum oxypetalum: discovery of its cytosol-localized geraniol biosynthesis
Horticulture Research 12(5), uhaf039 (2025).
初回公開:2025年2月11日。出版社のCorrected and typeset表記:2025年5月1日。
DOI:https://doi.org/10.1093/hr/uhaf039
全文:https://academic.oup.com/hr/article/12/5/uhaf039/8008354
原著のライセンス:CC BY 4.0
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/
本記事は原著をもとに独自に構成した日本語解説です。原著の翻訳・図表転載は行っていません。著者らは競合する利益なしと申告しています。
和名・学名の確認:東京都公園協会「ゲッカビジン(月下美人)」
https://www.tokyo-park.or.jp/park/hachijo/flora/detail/029.html


