Jeroboam(ジェロボーム)— ムスクでつながる、香りという国際語

ジェロボアムの世界観と代表製品「ORIGINO 30ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「ただのオルファクトリー(嗅覚)の探求と、ヴァニナと私のゲームに過ぎなかったものが、完全に独立したブランドの礎となった。」

— フランソワ・エナン(François Hénin)、ジェロボーム創業者

基本情報

設立年: 2015年
創設者: フランソワ・エナン(François Hénin)
パフューマー: ヴァニナ・ムラチョレ(Vanina Muracciole)
公式サイト: jeroboamparis.com

※「設立年」については、一部の日本語資料では2014年と記されているが、英語圏の複数の情報源および調香師ヴァニナ・ムラチョレのプロフィールでは2015年とされており、本稿では2015年を採用する。

創設者・ブランドの成り立ち

伝統的なフランス家庭で育った「起業家の血」

フランソワ・エナンは、大学教員と金融業という職に就く両親のもと、いたってオーソドックスなフランスの家庭環境で育った。寄宿学校からビジネススクールへ進むという、絵に描いたような「クラシック」な教育を受けた彼だが、その中に「大きな組織向きではない」起業家的なDNAが宿っていたと、彼自身が語っている。

「私はきっと、大きな組織で働くようには作られていなかった。起業家としてのDNAが、血の中に強く流れているんだと思う。」

— フランソワ・エナン

ベトナムという「転機」——香りの世界への扉

ビジネススクールを卒業したエナンは、旅行のつもりで向かったベトナム・サイゴン(現ホーチミン市)で、小さな貿易会社を立ち上げた。フランスの買い手とベトナム企業をつなぐビジネスである。しかしその後、25歳になって初めて自分に兵役義務があることを知る。会社を畳んだ彼は、なんとかベトナム国内でフランス企業のミッションを見つけ出した——ただし配属先は賑わうサイゴンではなく、中国国境付近の北部の地だった。

「朝は宣伝放送で目が覚め、夕方もまた同じ。週末にサイゴンに戻ると、『ホー・チ・ミンが誇りに思うだろう』という言葉と、家族計画についてのアナウンスが流れていた。」

— フランソワ・エナン

ユーモアたっぷりに語るこの時期のベトナム体験が、エナンを香りの世界へと引き込んだ。彼はベトナムで、高級香水に使用される植物性原料——葉、根、樹皮、花——の蒸留に携わるようになっていったのである。やがてフランスへの望郷の念が高まり、南仏グラース近郊のムジャン(Mougins)にあるアルジェヴィル(Argeville)社に転じた。アルジェヴィルは調香原料を扱う企業であり、ここでエナンは香水業界のプロとしての知識と人脈をさらに深めた。

ジョヴォイ(Jovoy)の再興——「忘れられた家」を現代へ

グラースで5年を過ごしたのち、エナンはパリへ移った。彼の脳裏にあったのは、忘れられたパリの香水ブランドの復活という構想である。調査の末、彼が選んだのは1923年にブランシュ・アルヴォワが創設した「ジョヴォイ」だった。この老舗はやがて活動を止め、長らく歴史の片隅に眠っていた。

エナンはその名を引き継ぎながら、あえてオリジナルを復元しようとはしなかった。

「オリジナルをそのまま復元するのではなく、創業者のブランシュが今の時代にやるであろうことをしようと決めた。彼女が自分の時代の人々のために香水を作ったように、私も現代人のために作る。」

— フランソワ・エナン

2006年にジョヴォイを再興し、2010年に最初のブティックを開き、2012年にはパリ・カスティリオーネ通り4番地に旗艦ブティックをオープン。ニッチフレグランスの聖地として知られるこのセレクトショップには、世界中から150を超えるニッチブランドが集まる。この場所が、のちのジェロボーム誕生の舞台となる。

「ムスクのカクテル」から生まれたブランド

ある日のこと、エナンはジョヴォイの独立調香師ヴァニナ・ムラチョレに、少し奇妙なお願いをした。

「ちょっと困ったことがあって、ヴァニナに言ったんです。『ムスクがよく分からないんだ。小さなカクテルを作ってもらえないか。自分では感じられている気がしないし、香水を売っている身として、ちゃんと理解しておきたい』ってね。」

— フランソワ・エナン

エナンはインタビューで、世界人口の約25%はムスクを感じないと説明しており、自分もそれに当てはまると感じていた。彼はその理由をムスク分子の大きさと脳への情報伝達に結び付けて説明している——調香師の世界では「香水が聞こえない」という言い方をすることもある。

ヴァニナはムスクの種類を集めたカクテルを作成した。いくつか他の素材も加えて、単なるムスクだけにならないよう工夫した。エナン自身はそれほど強く感じなかったが、連日行くレストランのウェイトレスが声をかけてきた——「今日はとてもいい香りですね」と。街でも次々と褒められた。

「このムスクで何かをしなければならない」。エナンはその確信を抱いてヴァニナに相談し、二人でブランドを立ち上げることに決めた。オリジノ(ORIGINO)と呼ばれるそのムスクのベースが、ジェロボームという新しい宇宙の「起源(オリジン)」となった。

調香師 ヴァニナ・ムラチョレ

ジェロボームの全作品を手掛けるヴァニナ・ムラチョレは、イタリアとコルシカ系のルーツを持つ調香師である。コルシカ島のマキ(maquis、低木が生い茂る植生)と呼ばれる草木が茂る野生の自然の中で育った彼女にとって、香りは幼いころから「呼吸と同じくらい自然なもの」だった。

その道を志したのは8歳のとき。エルメスの「ベル・アミ」の残り香と出会い、強く心を動かされた。

「あのシラージュ(香りの軌跡)はとても美しく、力強く、そして繊細だった。同じように人の心を動かせる香水を自分でも作りたいと思った。」

— ヴァニナ・ムラチョレ

その後、化学を学んだのちヴェルサイユのISIPCA(イジプカ、香水・化粧品・香料の教育機関)に進み、ミラノとグラースにてマン(MANE)社で研鑽を積んだ。さらにジャン・パトゥの専属調香師トーマス・フォンテーヌのもとで薫陶を受けた後、2012年に独立。パリ左岸(ゴーシュ)に自らのスタジオを構え、ジョヴォイ、ジェロボーム、ル・ガリオン、コンプトワール・スッド・パシフィック、フラゴナール、ルバン、マスク・ミラノなど多数のブランドと協働してきた。独立後の作品数は100を超える。

ブランドの開発段階よりジェロボームの専属調香師として、エナンと「四つ手の仕事」を続けている。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学——「ピラミッドを意図的に壊す」

通常、香水はトップ→ハート→ベースという「香りのピラミッド」と呼ばれる層構造で設計される。ジェロボームはこの構造を意図的に壊している——ベースノートとハートノートを徹底的に強調し、際立たせることで、記憶に残る奥行きを作り出す手法を取った。

ヴァニナはそのアプローチをこう喩えている:

「香水は熱気球のようなもの。十分な熱がなければ飛び上がれない。一度空中に上がってしまえば大丈夫。トップノートのことは気にしなくなる。でも飛び上がるためには、やっぱり必要なんです。」

— ヴァニナ・ムラチョレ

すべての作品に「エニグマティック・ムスク(謎めいたムスク)」が共通のベースとして使用されており、ジェロボームの香りをつなぐ「赤い糸」となっている。

ボトルとパッケージ——小瓶と大瓶のコントラスト

全作品が30mlという小さなボトルで展開されている(現在は100mlも追加)。この判断の背景には、エナンのある経験がある——旅が多い彼は、100mlのボトルをいつも空港の預け荷物に入れ忘れ、幾度となく没収されてきたのだという。機内持ち込みが可能な100ml以下のサイズで、かつエキストレ・ド・パルファム(香水の中で最も濃度の高い濃度区分)という組み合わせは、旅先でも一日中豊かな香りを楽しめることを可能にする。

そしてブランド名「Jeroboam(ジェロボーム)」は、シャンパンなどの3リットル瓶を指す言葉である。名称の由来は旧約聖書——北イスラエル王国初代王「ヤロブアム」から来ており、30mlの小瓶に3リットル瓶の名前を与えるという逆説的なユーモアが、ブランド全体の精神を体現している。エナン自身もこのコントラストをこう語っている:

「強い香水には大きなボトルは必要ない。このコントラストの遊びが大好きで、だからこそジェロボームという名前にした。香水は、使い方を知る者にとっての武器なのだから。」

— フランソワ・エナン

ボトルは艶やかな黒・白・オレンジのガラスに金のキャップを合わせ、1920年代スタイルのゴールドの書体を用いたデザインとなっている。ベル・エポック期の優雅さを想起させる佇まいは、ニッチフレグランスとしての矜持を静かに主張している。

エスペラント語——「香りは国際語」

ジェロボームの香水名は(一部の例外を除き)すべてエスペラント語で名付けられている。エスペラントは1887年、ポーランドの眼科医ルドヴィコ・ザメンホフが国際的な共通語として発明した人工言語である。

ムスクが現代香水のほぼすべてに使われている「普遍的な素材」であるように、ジェロボームの香水もまた国境を越えて誰にでも語りかける——そのメッセージが、エスペラントという命名にこめられている。公式サイトの言葉を借りれば、「香水はリングヴォ・インテルナシア(Lingvo Internacia)、すなわち誘惑の国際語である」。

香水ラインナップ

ジェロボームのコレクションは「オリジノ」を核に展開される。各作品はエスペラント語の名前を持ち、それぞれ独立したストーリーと個性を持ちながら、共通のムスクのベースで結ばれている。

ORIGINO(オリジノ)

「オリジン(起源)」を意味するエスペラント語。ブランドの原点であるムスクのカクテルそのものを一本の香水として完成させた作品で、全ラインの礎でもある。単独で纏っても、他の香水のベースとして重ねて使っても成立するよう設計されており、エナンは「他の香水との相性が悪いと感じるとき、オリジノを重ねることで新しい厚みと持続力が生まれる」と語っている。

INSULO(インスロ)

エスペラント語で「島(アイランド/Island)」。バニラ・ジャスミン・エニグマティック・ムスクという構成のオリエンタル・グルマン系香水。エナンにとってバニラは「誘惑のための究極の武器」であり、インスロはその信念を体現した一作とされている。2024年10月に伊勢丹メンズで開催された「サロン・ド・パルファン」でのベストセラーとなり、日本市場でも大きな反響を呼んだ。

GOZO(ゴゾ)

ジェロボーム初のオレンジボトルを採用した作品。マルタ共和国のゴゾ島にインスパイアされており、その誕生にはひとつの出会いがある。エナンとジョヴォイのカタール展開を通じて親しくなったインフルエンサーのアブドゥルアジーズ・アル・アジャイルが、「天国の一片」と呼ぶゴゾ島への愛情をエナンに語り、それがヴァニナとアブドゥルアジーズの二人の共同制作へと発展した。サフラン、チューベローズ、ベルガモット、シダーウッド、パチョリ、アンブロキサンという構成のフローラル・ウッディ系。

AMBRA(アンブラ)

アンバー(琥珀)をテーマにした作品。ベルガモット、ゼラニウム、フランキンセンスで開き、ベチバー、バニラ、トンカビーン、エニグマティック・ムスクが余韻を作るウッディ・オリエンタル系。

VESPERO(ヴェスペロ)

「夕べ」を意味するエスペラント語。ウード、レザー、アンバーウッドにグレープフルーツ、レモン、ベルガモットのフレッシュさを合わせた、夜の都市を連想させる香り。エナン自身が日常的に愛用する香水として名を挙げた作品でもある。

ORIENTO(オリエント)

東洋の文化と感性への橋渡しを意図した作品。レモン、サフラン、スチラックス、ローズ、イランイランで構成するトップとハートに、サンダルウッド、パチョリ、エニグマティック・ムスクのベースが続く。

YOUR OUDHNESS(ユア・ウードネス)

「ガハル・ブアヤ(Gaharu Buaya)」と呼ばれるインドネシアのマングローブ由来のウードを主役に据えたウッディ・スパイシー系の作品。「ユア・ハイネス(Your Highness)」をもじった遊び心あるネーミングで、ウードに新たな解釈をもたらした。ハロッズ(Harrods)でも取り扱われている。

KUN AMO(クン・アモ)

エスペラント語で「愛を込めて(ウィズ・ラブ/With Love)」。洋梨を主役に据えたフルーティ・ムスク系の最新作のひとつ。

このほか、UNUE(ウヌエ)(エスペラント語で「まず」)、FLORO(フロロ)(花)、HAUTO(ハウト)(皮膚)、LIGNO(リグノ)(木)、MIKSADO(ミクサド)(混合)、BOHA(ボハ) など、14作品前後へと展開してきた。

ちなみに…

ジェロボーム(Jeroboam)という名称の歴史的起源
ワイン用語「ジェロボーム」の初出はボルドーで1725年に遡る。ボトルサイズの名称は旧約聖書に由来するものが多く、「ジェロボアム」は紀元前10世紀の北イスラエル王国初代王を指す。地域によってシャンパンの3リットルを指したり、ボルドーの4.5リットルや5リットルを指したりと、サイズの定義は統一されていないのが面白いところだ。

エナンが惜しくも叶わなかった夢
幼少期の夢は「料理人」。学校を辞めてコックになりたかったと語っているが、家族の説得もあり別の道へ進んだ。今でも「BBQならお任せ」と豪語するところに、その名残が見える。

日本での上陸
2024年10月の「サロン・ド・パルファン 2024 @伊勢丹メンズ」でNOSE SHOP(ノーズショップ)が先行取り扱いを開始し、同店が会期中に扱った約30ブランドのうち人気1位となった。同年12月13日に正式上陸を果たしている。

参考文献