Kismet Olfactive(キスメット オルファクティブ)— シャブナム・タヴァコルが詩と記憶を香水にするまで

朝の光、革、バラ、詩集を背景に、黒い円筒キャップと白いラベルのKismet Olfactive NOSTALGIA 50mLボトルを配したブランド紹介画像

香りと物語の関係は、私にとってすべてである。

シャブナム・タヴァコル

キスメット オルファクティブ(Kismet Olfactive)は、米国ニューヨークから生まれた独立系フレグランススタジオである。創設者で調香師のシャブナム・タヴァコルは、イラン系の家庭で親しんだ香り、グラースでの学び、旅先で友人を祝った記憶を香水にする。その物語は題名だけにとどまらず、香料の組み合わせや、詩の形式を取り入れた構成にも及んでいる。

基本情報

  • ブランド名:Kismet Olfactive(キスメット オルファクティブ)
  • 創設者・調香師:シャブナム・タヴァコル(Shabnam Tavakol)
  • 発祥地:米国・ニューヨーク
  • 歩み:2015年に構想、2020年にはブランドとして作品を展開
  • 公式サイト:Kismet Olfactive

創設者とブランドの成り立ち

イラン系の家庭と、出版から香水への転身

タヴァコルは、イランから米国へ移住した両親のもと、カリフォルニアで生まれ育った。家族にとって香水は身近なものであり、ローズウォーターやサフラン、香りのある植物も日々の暮らしに入り込んでいた。

ロサンゼルスでファッションを学んだ後、彼女は出版の仕事へ進む。雑誌「モンスター・チルドレン」で働き、ニューヨークへ移って「ブレット・マガジン」に携わった。香水市場の広告営業のために訪ねたコティとの面会で、香水の背後に広がる仕事の世界に気づき、そこへ進む道を調べ始めた。

ル ラボでは香りのブレンドや伝え方、商業的な側面に触れ、天然香料の専門店アンフルラージュでは、原料の調達や天然香料による制作を学んだ。接客と原料に向き合う経験が、後に自分で香水をつくり、届けるための土台になっていく。

六年間残していた志望書で、グラースへ

タヴァコルは香水づくりに関心を持った初期に、南仏のグラース・インスティテュート・オブ・パフューマリーへ送る志望書を書いていた。しかし、そのときは応募せず、文書は六年間、パソコンに残っていた。

アンフルラージュで経験を重ねると、周囲から技術的な訓練へ進むよう背中を押された。以前の志望書をほとんど変えずに提出したのは、締切の二日前。約一か月後に合格が決まり、彼女はニューヨークでの生活を離れた。2016年、グラースで調香を学び、その後はパリのシャネルの香水研究室で研修に取り組んだ。

処方から名前まで、自分で決めるための独立

キスメットの構想が生まれたのは、2015年に父とイランを車で旅したときである。ブランド名のもとになった「キスメット」は、家庭でよく耳にしていたペルシャ語のqismat(運命)に由来する。物事があるべきところへ収まること、思いがけない出来事がつながっていくことを表す言葉だった。

グラースでの学びを経て、タヴァコルの個人的な香りの実験に、友人や仲間から試してみたい、協働したいという声が集まった。やがて周囲の人々以外からも依頼が届き、制作は会社としての活動へ育っていく。2020年には、ニューヨークを拠点にキスメットの作品を展開していた。

独立を選ぶまでには、香水業界への就職活動で失望を経験することもあった。一方、パリでの研修では調香師たちに温かく迎えられ、知識を分けてもらった。タヴァコルが求めたのは、自分の考えを作品の最初から最後まで通せる環境である。

私にとって、独立した調香師であるとは、創作を全面的に自分で決められるということだ。

シャブナム・タヴァコル

彼女にとって、名前は香水の性格や輪郭を形づくる重要な要素だ。処方をつくることに加えて、題名や最終的な見せ方にも責任を持つ。その範囲の広さに、独立する意味を見いだしている。

グラースへの思いを、十四行の詩に重ねる

最初につくったキスメットの香水は、「ノスタルジア(グラースへのソネット)」であった。グラースへの思いをどう香りにすればよいか考えていたタヴァコルに、詩人のパートナー、コディが、ソネットは対象への愛や賛歌を表す詩でもあると話した。そこから、十四行の詩に十四の香料を対応させる構成が生まれた。

現在、コディ・ケスター(Cody Koester)はブランドの物語や文章づくりに関わり、メリア・タンディオノ(Melia Tandiono)はクリエイティブディレクターとして、ブランドの視覚表現やパッケージを担う。香り、言葉、見せ方をそれぞれの仕事として結びつける体制も、物語を香水にする制作を支えている。

ブランドのこだわり

ノスタルジア:革、花、パスティスで詩の転換をつくる

「ノスタルジア」の構成には、グラースの歴史と、そこで暮らしたタヴァコル自身の記憶が重なっている。革のなめしが盛んだった土地の過去を、スエードや革を思わせるアコードで描き、ローズ・ド・メなどの花の表情を重ねた。アコードとは、複数の香料でひとつの印象をつくる組み合わせである。

詩の意味が転じる箇所を指す「ヴォルタ」に当たるのは、アニスの香りだ。学校が終わった後に親しんだ、アニスの風味を持つ酒パスティスが着想源である。革と花という土地の歴史から、彼女の放課後へと視点が移る。十四という数だけを借りるのでなく、詩の転換も香りに取り入れた作品である。

素材の組み合わせと、試作の進め方

天然香料の複雑な表情を重視しながら、合成香料も組み合わせて構成する。制作は少量ずつ手作業で行い、香水はろ過せずに仕上げる。

原料との関係が深まるにつれ、試作の仕方も変わった。かつては強い素材を扱うことに怖さを感じていたが、経験を重ね、パチョリを1gから10gへ動かすような大きな変更も試すようになった。小さな調整だけでは見えにくい素材の働きを、変化の幅を広げて確かめるのである。

私たちの仕事では、工程を飛ばすことはできない。

シャブナム・タヴァコル

処方を完成へ急がず、制作の段階と段階の間に時間を置くことも覚えた。素材の量を大胆に変えることと、判断を急がないこと。その両方が、感情から始まった香りを作品へ育てるための方法になっている。

オアハカの結婚式の記憶

「ウェディング・イン・オアハカ」は、メキシコのオアハカで親しい友人の結婚式を祝った記憶から生まれた。式の後、マリアッチの楽団や大きな踊る人形に導かれ、友人や家族が通りを進む。メスカルを分け合い、群衆の中にはクチナシの花を連ねた飾りがあった。その色、音、味、匂いが一緒になる喜びを、タヴァコルは香りに残そうとした。

香水では、ココナツミルクを思わせる乳白的な表情とチュベローズを、バイオレットリーフの爽やかさや木質の印象に重ねている。花を一本ずつ描くよりも、祝いの場の柔らかさと活気を組み立てる選択である。

コモン・グラウンド:人々が共有する街の場所

「コモン・グラウンド」コレクションが題材にするのは、都市の公共空間である。公園や広場は、会う、通り過ぎる、遊ぶ、休むといった行為を、異なる人々が共有する場所だ。サンフランシスコのエンバーカデロの潮風やサイプレス、ロンドンのサウスバンクの煙草や湿った花崗岩など、街の手触りを香りの題材にする。個人の旅や暮らしと、人々が行き交う土地の記憶が、キスメットの中でつながっている。

詩と土地の記憶を載せたラベル

「ノスタルジア」の50mLボトルには、グラースの革と花の歴史、十四行と十四の香料についての短い文章が印刷されている。作品名に加えて、香りをつくった背景を手元で読める容器でもある。香水の外側に置かれた言葉も、匂いから情景を思い描く手がかりになる。

参考文献

  1. Meet the Artisan: Kismet Olfactive — シャブナム・タヴァコルのスタジオ取材
  2. About — 発祥地、創設者、制作チームの公式紹介
  3. Kismet Olfactive: Q&A With Founder and Perfumer, Shabnam Tavakol — 2020年の本人取材
  4. Chic Gift Alert! A Custom Scent From Nolita-based Kismet Olfactive — Freya Drohanによる2021年の本人取材
  5. Chimie — タヴァコルの歩み、ノスタルジア、オアハカの結婚式についての本人取材
  6. The Perfume That Was Meant To Be: A Perfumer-Guided Tour of Kismet Olfactive — Patric Rhysによる2022年のスタジオ取材
  7. Shabnam Tavakol: “There is a problem of diversity, equity, and inclusion in perfumery” — Clément Paradisによる2021年の本人取材
  8. Nostalgia (A Sonnet for Grasse) — 詩の構造と香りの構成の公式説明
  9. FAQS — 素材と制作方法の公式説明
  10. Wedding in Oaxaca — 情景と香りの構成の公式説明
  11. Common Ground Collection — 公共空間を題材にするコレクションの公式説明