聴覚の経験が違うと、匂いの感じ方も違う?

聴覚の経験が違うと、匂いの感じ方も違う? 香りの科学

私たちは、目や耳、鼻から得た情報を組み合わせて周囲を知ります。ある感覚から得られる情報が生まれつき少ない場合、ほかの感覚の使い方はどう変わるのでしょうか。視覚や触覚に比べて、嗅覚については十分に調べられていません。

Landryらが2024年に発表した研究は、生まれつき重度以上の難聴がある成人11人と、年齢・性別を合わせた聴者11人を比べました。匂いの課題に加え、鼻に感じる刺激の位置を答える課題も使い、嗅覚と三叉神経の感覚の両方に違いがあるかを調べています。

「鼻で感じる」には、匂い以外の感覚もある

花や果物らしい匂いを感じる嗅覚とは別に、鼻には、すっとする冷たさや、つんとする刺激を伝える仕組みがあります。これを担うのが三叉神経です。身の回りの香りを持つ物質には、嗅覚と三叉神経の両方を刺激するものがあります。

今回の研究では、匂いが何かを答える課題だけでなく、左右どちらの鼻に刺激が入ったかを答える課題も行いました。左右の位置を判断する成績を、三叉神経による感覚を調べる手がかりにしたのです。

対象をそろえ、課題の説明にも配慮した

難聴のあるグループは20〜51歳で、全員が生まれつき両耳に重度〜最重度の感音難聴がありました。比較するグループは20〜52歳で、手話を使わない聴者です。両グループとも、嗅覚検査の総合点が研究で定めた正常範囲に入る人だけが参加しています。

難聴のある参加者には、注意、視覚的な記憶、推理などの検査も行い、標準的な範囲にあることを確認しました。手話による説明動画や筆談も使い、課題を理解したうえで答えられるようにしています。匂いを答える検査には、匂いそのものの感じ方だけでなく、説明の理解や知識も関係するためです。

著者らは、過去の研究で結果が一致していない理由として、難聴が始まった時期、嗅覚の状態、課題の理解などが十分にそろっていなかった可能性を挙げています。今回の対象の選び方は、そうした問題を少なくしようとしたものでした。

総合点と、刺激を答える速さに違いがあった

まず、ペン型の器具を使った嗅覚検査を行いました。どれほど薄い匂いまで見つけられるか、3つのうち異なる匂いはどれか、何の匂いかを選択肢から答えられるか、という3種類です。

合計48点の総合点は、難聴のあるグループで平均40.16点、比較グループで36.20点でした。この差は統計的に有意でした。ただし、3種類の課題ごとに群の違いが異なる、という統計的な証拠はありませんでした。総合点の差を、そのまま「薄い匂いを感じる力だけが特に強い」という意味にはできません。

次に、アーモンドを思わせるベンズアルデヒドと、ユーカリを思わせるユーカリプトールを装置で片方の鼻に送りました。空気だけの提示も含めて36回。刺激されたのは左右どちらか、あるいは2つの匂いのどちらかを、できるだけ速く答えてもらいました。

正しく答えた回数と誤って反応した回数を組み合わせた指標では、2つの課題を通じて、難聴のあるグループのほうが高い成績でした。回答時間も、このグループのほうが短くなりました。平均では、匂いを答える課題で約1.77秒と2.35秒、左右を答える課題で約1.86秒と2.39秒でした。

一方、装置の課題には、偶然の正答から予想されるより低い成績も見られました。著者らは、試行数が少なく、個人の能力を安定して推定しにくいことを問題にしています。低い成績の参加者を除いた追加分析でも群全体の差は残りましたが、左右を答える課題の平均値の差は小さくなりました。

感覚を補う仕組みの可能性を示す

著者らは、聴覚からの情報が限られる中で、嗅覚や三叉神経からの情報に、より多くの処理が向けられる可能性を考えています。匂いを識別したり、刺激の位置を素早く捉えたりすることは、周囲の環境を知る助けになるかもしれません。

特に、単にごく薄い匂いを検出する能力だけでなく、匂いを比べる、意味を判断するなどの、より複雑な処理に注目する必要があると論文は述べています。嗅覚と三叉神経の両方を調べることで、感覚の適応を幅広く捉えられる、というのが研究の重要な提案です。

ただし、今回は課題の成績を比べた研究で、脳活動や神経回路の変化を測定していません。経験に応じて脳の働き方が変わる「可塑性」が違いを生んだという説明は、結果と整合する仮説です。難聴がこの成績差を引き起こした、と因果関係まで確定したわけではありません。

すべてのろう者・難聴者に当てはまるわけではない

各グループ11人という少人数に加え、今回は正常範囲の嗅覚を持つ人を選んでいます。後から難聴になった人や、嗅覚に変化のある人などを含む、幅広い人々を代表する結果ではありません。

難聴のある11人のうち5人は人工内耳を使用していました。使用していない人との探索的な比較で有意差は見つかりませんでしたが、人数が少ないため、人工内耳の影響がないとはいえません。著者らは、使用の有無や装用を始めた年齢を分けた、より大きな研究を求めています。

課題の説明に配慮していても、匂いの名前に関する知識や、計画・判断に関わる認知の働きをすべて測れたわけではありません。今後は参加者数と試行数を増やし、本人の言語やコミュニケーション方法に合った評価と、脳画像による検証を組み合わせる必要があります。

まとめ

この小規模な研究では、生まれつき重度以上の難聴があり、正常範囲の嗅覚を持つ参加者が、嗅覚の総合検査や鼻への刺激を答える課題で高い成績を示しました。結果は、聴覚の経験の違いに伴って、匂いや三叉神経の情報の使い方も変わる可能性を示しています。

その変化を理解するには、「鼻がよい」というひとつの物差しだけでは足りません。薄い匂いを見つけること、匂いを見分けること、刺激の位置を知ることを分けて調べる。その視点が、人それぞれの感覚の適応を具体的に理解する手がかりになります。

参考文献

Landry, C., Nazar, R., Simon, M., Genest, F., Lécuyer Giguère, F., Lepore, F., & Frasnelli, J. (2024). Behavioural evidence for enhanced olfactory and trigeminal perception in congenital hearing loss. European Journal of Neuroscience, 59(3), 434–445. DOI: 10.1111/ejn.16216 / 原著全文(大学リポジトリPDF)。原著:© 2023 The Authors, CC BY-NC 4.0。