FUMparFUM(ファム パルファン)――舞台の余韻を、見えない絵画へ

FUMparFUMの香水を、ピアノと鏡の照明がある劇場の楽屋を思わせる空間に置いたブランドイメージ ブランド創業者

「私にとって香りは、目には見えず、鼻で感じる絵画のようなものです」
— アイスティス・ミツケヴィチウス

リトアニアの首都ビリニュスで生まれたファム パルファンは、俳優が別の表現手段を求め、香りへたどり着いたところから始まった。主役に据えられているのは、万人受けする「きれいな匂い」ではない。舞台、映画、旅、植物、記憶といった題材を香料で組み直し、肌や空間の上に短い物語を立ち上げることである。

小規模なアトリエで手作業を続ける一方、作品はフィレンツェ、ミラノ、パリ、ロサンゼルス、ロンドン、東京へと運ばれてきた。ファム パルファンは、香水を商品であると同時に、消えていく芸術として扱うブランドである。

基本情報

ブランド名:FUMparFUM(ファム パルファン)
設立:2011年9月、リトアニア・ビリニュス
創設者・調香師:Aistis Mickevičius(アイスティス・ミツケヴィチウス)
位置づけ:アート/コンセプチュアル・パフューマリーのクリエイティブスタジオ
公式サイト:https://www.fumparfum.com/en/ ブランド名は、ラテン語の Per Fumum(煙を通して)、イタリア語の Profumo、フランス語の Parfum、英語の Perfumeなどの響きを重ねた言葉遊びである。綴りの中で「FUM」が反復する姿には、香りの語源にある煙と、複数言語を横断するブランドの性格が凝縮されている。

創設者とブランドの成り立ち

香りを記憶した子ども

アイスティス・ミツケヴィチウスは1976年、ビリニュスに生まれた。リトアニア音楽演劇アカデミーで演技を学び、卒業後は複数の劇場で俳優として活動したほか、声優、イベント司会、テレビやラジオの仕事にも携わった。特に2005年から2014年まではラジオ局M-1に在籍している。

もっとも、香りへの感覚は成人後に突然生まれたものではなかった。幼いころから物を嗅いでは匂いを記憶し、十代で両親から初めて香水を贈られた。やがて選ぶ側としても好みが細かくなり、店頭に自分が本当に欲しい香りを見つけにくくなっていった。後年、彼が繰り返し語る干し草の匂いも、幼少期から残る重要な記憶の一つである。

舞台とラジオの外へ

演技を専門に学んだものの、劇場でのキャリアは思い描いた通りには進まず、ラジオの仕事も次第に日課となった。表現者としての「飢え」が強くなり、別の創作手段を探し始めたことが転機となった。

偶然目にしたのが、リトアニアで嗅覚文化の活動を先導してきたライメ・キシュクーネによる、植物性香料を用いた香水調合講座の案内だった。講座を受けたミツケヴィチウスは、ラジオでもらった給料の半分をさまざまな香料に投じ、自宅の台所で実験を始めた。

「香水づくりは、私にとって単なる事業や趣味ではありません。情熱なのです」
— アイスティス・ミツケヴィチウス

これは、名門香水学校を卒業してからブランドを構えた、という一直線の物語ではない。先に好奇心と制作があり、必要な知識を一片ずつ集め、実践を通して技術を身につけていった。本人はいまも自らを「ある種の独学者」と捉えている。

製品より先に作った名前

2011年9月16日、ミツケヴィチウスはファム パルファンを正式に登録した。当時、事業計画も明確な商品構成もなかったが、香りの作り手として生きるために、いつかこの名前が必要になると確信していたという。同年末には「フレッシュ、ナチュラル&ハンドメイド」と題した最初の5作品が一般に披露された。

初めて製品になった香りは「アンバー レモネード」。天然原料だけで構成したボタニカルな作品で、よく知られたアメリカの炭酸飲料を思わせる香りだった。現在のファム パルファンが見せる、植物香料と現代的な合成香料を自在に往復する作風から見ると、これはブランドの原点を示す一作である。

創業地のリトアニアには、フランスやイタリアのような近代香水産業の厚い土壌がなかった。現地の作り手を疑う視線さえ、ミツケヴィチウスは後に「アルケミスト シャルラタン(錬金術師にしてペテン師)」という主力コレクション名へ転換した。弱点を隠すのではなく、自己風刺として看板に掲げたのである。

作りながら学ぶ

ブランド設立後も学習は続いた。フランスを中心に国外の講座へ通い、2017年にはパリの香水教育機関サンキエム・ソンスで、香りの構築と分解を学んだ。著名な調香師に弟子入りする夢はかなわず、東欧出身で人脈も資金も乏しい立場から、文献と試作、失敗を重ねて自分の方法を作った。

当時はリトアニア語で読める香水の専門書もほぼなかったため、2016年、自ら『Kvepalai. Olfaktorinės istorijos(香水――嗅覚の物語)』を刊行した。改訂版は2021年に出版されている。作るだけでなく、香りについて語る言葉そのものを母語の中に増やそうとした活動であった。

「最初の10年は、スタートするための準備に必要だったのだと思います」
— アイスティス・ミツケヴィチウス

世界へ持ち出すまで

ミツケヴィチウスは長い間、国際見本市へ出展者ではなく、愛好家や取材者として足を運んでいた。やがて審査へサンプルを送り、自らの事業と制作実績を示し、2021年にフィレンツェのピッティ・フラグランツェへブランドとして参加した。その後、ミラノのエクソンスをはじめ、パリ、ロサンゼルス、ロンドン、東京へ活動を広げている。

転機の一つが日本である。国際イベントで出会った日本人の同業者が友人となり、やがてディストリビューターとなった。少なくとも2025年の時点で、日本はリトアニア国外における最大の輸出先になっていた。2024年には伊勢丹新宿店の「サロン ド パルファン」で日本へ正式に紹介され、同年、モリヤマが国内での輸入販売契約を発表した。

彼は、日本人とリトアニア人の間には、自然や人生の現象を見つめる態度に意外な共通性があると語る。また、自作を強烈か軽快かの二択ではなく「中間の音域」にある香りと表現し、その抑制が日本の着用感覚とよく重なったと分析している。

ブランドのこだわり

香水は消える舞台

ファム パルファンの核には、俳優として培った時間感覚がある。舞台は終演すれば消え、次の公演は同じ演目でも少し異なる。香りもまた、肌の上で揮発し、同じ形のまま残らない。ミツケヴィチウスにとって、演劇と香水はともに一時的で、人の感情へ直接働きかける表現なのである。

「香りはギャラリーの展示物にもなり得ます。それを身につけられる作品へ変えることが面白いのです」
— アイスティス・ミツケヴィチウス

そのため、制作は実験台の前から始まるのではない。着想を数カ月間頭の中に置き、映像、文章、音楽、映画の場面、個人的記憶を結びつける。意味と方向が固まったあとに研究室へ入り、無秩序に大量の試作品を作るのではなく、できるだけ短い試行で構想を香りへ移すという。

題材は劇場や映画に限らない。カタルーニャの春、ヴェネツィアの水路、セイロンの紅茶、アルゼンチンの草原、日本のヒノキや東京の秋まで、実体験と想像が同じパレットに並ぶ。香りを説明する短い物語は単なる販促文ではなく、処方を導く脚本に近い。

天然と合成の対話

作品は、厳選した天然香料と合成香料の双方から作られる。古いヨーロッパの香水づくりを踏まえながら、植物的な質感に現代の分子香料を差し込み、予想外の組み合わせを作るのが特徴である。天然のみを優位に置くのではなく、表現に必要な素材を選ぶ姿勢が一貫している。

製品はビリニュスのラボで手作業により製造され、非常に限られた数量で展開される。公式サイトは、IFRA(国際香粧品香料協会)のガイドライン、GMP(適正製造規範)、EU基準に沿うと説明している。小規模な作家性と、肌に使う製品としての製造管理を両立させようとする設計である。

流行より個人のスタイル

ミツケヴィチウスは、香水を流行ではなく個人のスタイルとアイデンティティの問題だと考える。近年の菓子やミルキーな香調を含む過度なグルマン傾向には距離を置き、香水が知的な組み立てから幼い甘さへ単純化される危険を指摘している。

一方で、古典を拒むわけでもない。時間とともに、衝撃や強い対比だけでなく、均衡、静けさ、構造へ価値を見いだすようになったという。前衛性とは奇抜さの競争ではなく、題材と素材の関係を自分の言葉で組み直すことなのである。

煙を包む箱

視覚面にも、ブランド名と同じ皮肉がある。パッケージデザイナーのドヴィレ・ジェルヴテ=ラウリンキエネと既存の世界観を見直した際、Per Fumumという語源から、煙草の箱を思わせるケースが考案された。喫煙は有害で時代遅れになったのだから、その箱には煙草ではなく好きな香水を入れればよい、という発想である。

過剰な装飾でラグジュアリーを演出するのではなく、言葉、形、文化的記憶を一つの冗談にまとめる。ファム パルファンらしい包装とは、容器の外でも小さな物語が続くことである。

香水ラインナップ

ここでは、ファム パルファンの代表的なコレクションと作品を取り上げる。

アルケミスト シャルラタン

現在の中心となるコレクションである。革新的な合成分子と伝統的な香料を合わせ、抽象的で洗練されたミニマリズムを共通項とする。名称は、国内の作り手に向けられた懐疑を自ら引き受けたものだが、作品の題材には俳優らしい演劇性と旅人の視線が濃い。

  • ラルティスト(2018):シャルル・アズナヴールの「ラ・ボエーム」に着想。ベルガモットや黒胡椒から、ゼラニウム、ローズ、タイム、ローズマリー、レザーへ移り、キャバレーの舞台と楽屋を描く。
  • ドラマ クイーン:イタリアの俳優アンナ・マニャーニに触発された作品。刈りたての草、ジュニパーに、チュベローズやヒヤシンス、レザーなどを重ね、感情の振幅を香りへ置き換えた。
  • フィゲレス(2016):スペイン・カタルーニャの町と春のイチジクが出発点。未熟な実の酸味から熟しつつある果実までを、グリーンで簡潔な構造にした。
  • ゴンドリエリ(2021):ヴェネツィアの大運河を、木材、海塩、水面の光として捉えた作品。
  • スプリング ポエトリー(2022):グリーンリーフ、白樺の葉、ジャスミン、タジェット、ベチバーなどで春の立ち上がりを描く。
  • トーキョー ソングス(2026):発酵梅、ユズ、胡椒、コリアンダーリーフから、キンモクセイ、ジャパニーズカーネーション、紅茶、香木へ展開する。日本の風景を、調香師自身の視点で組み直した作品である。

ブラック アルケミスト

2019年に登場した、より濃密な嗅覚プロジェクトのカプセルコレクションである。初期の核となったのは「ザ プリースト」「ゴールデン ソーダスト」「オールド ピアノ」の3作。樹脂、インセンス、ウード、木、革など暗い質感を扱いながら、それぞれ宗教的空間、山間の製材所で切り出した木、古いジャズクラブのニス塗りのピアノといった場所の記憶を呼び起こす。

なかでもオールド ピアノは、艶の落ち着いた木とウイスキーの気配を結び、古いジャズクラブへ場面を切り替えるような作品として紹介された。人の肖像ではなく、使い込まれた物や空間を主役にするシリーズと捉えると分かりやすい。

アーカイブ オブ アルケミスト

2023年末に始まった、単一の題材を見つめる「ムード&アンビエント・フレグランス」のコレクションである。トマト、グリーンリーフ、ジン、フィグリーフ、ブラックティー、タイム、オリーブ、カルダモンなど、調香師のパレットにある一つの素材やアコードを拡大して見せる。

空間に香らせて気分を作り、あるいは嗅覚の標本として集めることが想定されている。複雑な人物や情景を描くアルケミスト シャルラタンに対し、こちらは「一つの匂いをどこまで観察できるか」というアーカイブである。

香水の外側

ファム パルファンは、ホームフレグランス、ディフューザー、キャンドル、企業や施設のための香りも制作する。さらに展示物やギャラリーのための香りのインスタレーションも手がけ、ブランドをボトル入り香水だけに限定していない。

2026年の創立15周年には、ワックスをかけた高級寄木張りの床、コニャック樽、濃いインセンスの煙を組み合わせたホームフレグランス「バウハウス」を発表した。ミツケヴィチウスはこの名に「家を建てる」という意味を重ね、リトアニアに香水の家を一から築いてきた15年間の比喩としている。

ちなみに…

ミツケヴィチウスの演技経験は、作品名だけでなく、個人向け香水の制作にも生きている。依頼者と長く話し、演技教育で培った人物観察から心理的な肖像を組み立て、それを香りへ翻訳するという。一人の人物を理解して役を立ち上げる過程と、依頼者の香りを組み立てる過程は、彼の中で地続きなのである。

また、2021年の創立10周年には「レトロスペクティヴ――香る10年」と題した嗅覚芸術展をビリニュスで開催した。ファム パルファンにとって回顧展とは、過去の商品を陳列することではなく、消えてしまう香りをもう一度、鑑賞の場へ戻す試みであった。

15年を経ても、ブランドは巨大メゾンを模倣しない。創設者自身が構想し、処方し、限られた量を手で作り、必要なら香水を展示作品にも空間の記憶にも変える。その小ささは制約であると同時に、俳優、作家、写真家、旅人という複数の顔を、薄めず一本のボトルへ収められる理由でもある。

参考文献
  1. From Stage to Scent: The Avant-Garde Language of FUMparFUM
  2. Lrytas「A. Mickevičius apie kardinaliai pakeistą gyvenimą ir sėkmę užsienyje」
  3. FUMparFUM公式サイト/ブランド紹介
  4. Kvepalai – identiteto dalis
  5. 15min「A. Mickevičius apie savo nueitą kelią parfumerijoje: viskas tik prasideda」
  6. FUMparFUM公式サイト/Contact us(製造・品質基準)
  7. Pitti Immagine Fragranze 19回展・FUMPARFUMブランド紹介
  8. Perfumes created by Aistis Mickevičius will be presented in the United States of America
  9. FUMparFUM公式「Tokyo Songs」
  10. FUMparFUM公式「L’Artiste」
  11. FUMparFUM公式「Archive of Alchemist: Black Tea」
  12. Pitti Fragranze 2022… my fragrance diary
  13. 「サロン ド パルファン 2024」が開幕――目玉ブランド3選 Vol.2
  14. モリヤマがディストリビューション事業開始、FUMparFUMを日本で輸入販売
  15. Aistis Mickevičius – Wikipedia(リトアニア語版)
  16. BNS「Kvapai. Kelionės. Įkvėpimai」展示告知(2014年)
  17. Aistis Mickevičius: kvapų pasaulio užkulisiai
  18. EDIT(h) Concept Store「ドラマ クイーン」
  19. Archyviniame kadre – žinomas Lietuvos vyras: ar atpažįstate?
  20. FUMparFUM公式「Figueres」
  21. FUMparFUM公式「Spring Poetry」
  22. FUMparFUM公式「Gondolieri」
  23. Medichesse「Fumparfum」
  24. Made in Vilnius「FUMparFUM 10周年の嗅覚芸術展」

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