親しみのあるものに、意外な要素を添えること。
— ポール・スミス
一見すると端正なジャケットの内側に、鮮やかな色が隠れている。ポール・スミスの服づくりに見られるそんな工夫は、香りにも通じている。身近なものを出発点にしながら、少し違う角度から見直す。妻から贈られたバラ、旅先のお茶、仕事場に積み重なった本は、そのための具体的な手がかりとなった。
ブランドの原点は、1970年にノッティンガムで開いた小さな店である。そこから香水へ、さらに暮らしの空間を満たす香りへ。その歩みをたどると、服と香りをつなぐのは、日々の経験をよく見て、自分なりの選択へ変えていく姿勢だと分かる。
基本情報
- ブランド創業:1970年
- 創設者:Paul Smith(ポール・スミス)
- 誕生の地:英国・ノッティンガム
- 香水の初発売:2000年
- ホームフレグランスの開始:2022年
- 公式サイト:Paul Smith / 日本公式サイト
創設者とブランドの成り立ち
自転車競技から、アートや服への関心へ
1946年生まれのポールは、ノッティンガムで育った。父ハロルドはアマチュア写真家で、息子にカメラを与え、自宅の屋根裏に暗室を設けていた。小遣いで買うフィルムの一枚を大切にする経験が、何を画面に収めるか、注意深く見る習慣につながった。
ただし、少年時代の目標はデザイナーではなく、自転車の競技選手だった。15歳で学校を離れて衣料品倉庫で働き始めても、関心の中心は自転車にあった。その方向を変えたのが、17歳で遭った大きな事故である。
退院後、入院中に知り合った二人と訪れたのが、ノッティンガムのベル・インというパブだった。そこでは美術学生がバウハウスやアンディ・ウォーホルについて語り合っていた。新しい仲間との交流からアートやファッションへ関心を広げ、やがて学生の一人が営む店の運営を手伝うようになった。
ポーリーンとの出会いと、手を動かして学んだ仕立て
21歳のときに出会ったポーリーン・デニアーは、後に妻となり、服づくりを支える大切な協力者となった。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで服飾を学んだ彼女は、ポケットの比率やジャケットの構造など、ものがどう作られるかをポールに教えた。
ポール自身も夜間の授業で型紙と縫製を学んだ。仕立て直しではスーツをほどいて組み立て直し、シャツの注文を受けても作り手が見つからなければ、自分で縫った。
10年間、仕立て直しの仕事で収入を得て、自分の生活を支えていました。
— ポール・スミス
服の構造を理解し、それを仕事として続ける力は、こうした実務で培われた。
1970年の小さな店から、パリでの最初の注文へ
1970年、ポールはノッティンガムのバイヤード・レーンに店を開いた。広さはわずか3メートル四方で、窓もなかった。当初の営業は金曜と土曜だけ。ほかの日はウィンドウの装飾や仕立てなどの仕事で、店を続けるための収入を得ていた。
小さな空間で客がくつろげるよう、ポールは服のそばに気になる品やアートのポスターを置いた。それらは会話の入口でもあった。服を売る場所に、自分の関心や人とのやり取りを持ち込む店づくりは、ここから始まっている。
1976年、初めてパリへコレクションを持っていったときのショールームは、ホテルの寝室だった。ベッドにシャツを並べ、クローゼットの扉にジャケットを掛けた。数日間、客は一人も現れなかったが、最後の日に訪れた相手から注文を得た。
2000年の香水発売と、妻から贈られたバラ
香水が加わったのは、最初の店から約30年後のことだ。1998年12月にインターパルファムとのライセンス契約を結び、2000年に男性用と女性用の香水を発売した。ブランドの創業と、香水の誕生には年月の隔たりがある。
最初の香水を考える際、パリの研究所で幼い頃の匂いを尋ねられたポールは、母が使った家具用の磨き剤や、自転車競技を通じて親しんだ雨と刈りたての草を思い出した。
2007年のポール スミス ローズにも、身近な人との出来事がある。園芸好きのポーリーンが誕生日の贈り物として手配したのは、夫の名を冠するバラだった。ポールはその花の香りを、新しい香水の出発点に選んだ。
伝統的な香りに、現代的なひねりを加える方向を選びました。
— ポール・スミス
調香師アントワーヌ・メゾンデューは、セントトレックという技術でその花の香りを捉え、トルコ産ローズオイルやグリーンティーなどを組み合わせた。馴染み深いローズを、新しく表現し直す試みだった。
写真仲間との会話から生まれたPortrait
2013年のポートレート(Portrait)は、調香師バルナベ・フィリオンとの何気ない会話から動き始めた。フィリオンは、ポールのショーや広告にモデルとして参加したこともある人物である。ポールが日頃撮っていた写真や旅の話をするうち、訪れた場所を香水にする発想が生まれた。
話題には、インドのダージリンや日本での体験があった。インドの紅茶、日本の緑茶も、二人が香りを考える手がかりとなった。写真を撮ること、旅先の記憶を語ること、香りを作ることが、協働の中でつながった作品である。
インターパルファムとのライセンスは2021年末で満了し、更新されなかった。翌2022年には、ユナイテッド・パフュームズのライセンスによるキャンドルとディフューザーのコレクションが登場する。香りの展開には、こうした協働先と製品分野の変化もある。
ブランドのこだわり
スーツの着心地を香りへ移す
ポールが香水にも求めたのは、日常に取り入れやすく、その中に小さな意外性があることだった。2015年のエッセンシャル(Essential)で基準にしたのは、自身の服づくりに通じるスーツの心地よさである。
複雑ではなく、クラシックなスーツのように心地よいのです。
— ポール・スミス
ローズマリーは庭やイタリアのパスタ料理を思い出させる素材でもあった。香りを遠い世界へ飾り立てるより、自分がよく知る感覚と結びつけている。
2018年のハロー ユー(Hello You)は、ファニー・バルとドミニク・ロピオンの作品である。バルはベチバーのアコード、つまり香料を組み立てた香りのまとまりを軸に、柑橘やスパイス、軽やかなリンゴとラベンダーを加えた。英国的な伝統に、ブランドのストライプを思わせる遊び心を添える意図があった。
店や仕事場の記憶を、室内の香りにする
2022年のホームフレグランスでは、IFFのセリーヌ・バレルとミーブ・マッカーティンが調香を担当した。最初の4香は、ボタニスト、ブックワーム、アーリーバード、デイドリーマーである。
ボタニストは最初の店の端正なテーラリングを着想源に、ベチバーやモス、レモンで草木の清々しさへ展開する。ブックワームは、オフィスに積まれた本や書類から生まれ、シダーウッドなどを使って図書館や温かなアンバーを思わせる香りを目指した。それぞれの場所の印象を香りに置き換えている。
雨の降る舗道や曇った朝を表すアーリーバードと、ハーブの庭や陽光の中のサイクリングを題材にしたデイドリーマーにも、日常と休暇という異なる時間がある。シリーズをつなぐのは同じノートではなく、ポールの身近な場所や経験を一つずつ取り上げる発想である。
使い終えた後も残る、二色のガラス容器
ホームフレグランスでは、香りとともに容器にも創作の比重が置かれた。二色を組み合わせたガラスに光が通るときの見え方を考え、使い終えた後は花瓶や小物入れとして残せるようにしている。
これらの容器が、それ自体で思い出の品になってくれたらと思います。
— ポール・スミス
蓋はコースターとして使える設計で、外箱にはジッパーを思わせる開封の工夫も施した。色の楽しさに実用性を添える判断は、香りを使っている間だけでなく、その後の暮らしまで見据えたものなのである。
参考文献
- Exclusive Paul Smith Interview — Coach
- Company History — Paul Smith 日本公式サイト
- Paul Smith:プロフィール・本人へのQ&A・年表 — Design Museum
- Annual Report 2018:Paul Smith、pp.34–35 — Interparfums
- ホームフレグランスコレクションの発売発表 — ポール・スミス リミテッド
- Paul Smith on Imbuing Clothing With Joy and Humor — Time Sensitive
- A suitocrat of the old school — The Independent
- Paul Smith: Many People Look, Few Really See — Sciences Po
- Paul Smith: Articulating Scents — AnOther
- A Rose by Any Other Name — British Vogue
- Paul Smith:Portrait、写真と旅についてのインタビュー — ShortList
- Universal Registration Document 2021:ライセンス満了、p.57 — Interparfums
- Paul Smith ディフューザーリフィル — Paul Smith 日本公式サイト
- Paul Smith unveils first home fragrance and candle collection — TheIndustry.beauty


