嫌なにおいがしたとき、思わず少し身を引く。その素早い反応に、鼻から届く情報を最初に受け取る脳の領域「嗅球」が関わっているかもしれません。
2021年の研究では、不快なにおいに対する早い嗅球活動と、運動に関わる脳活動の違いが見られました。さらに別の実験で、不快なにおいを嗅いだ約0.5秒後に、体がわずかに後ろへ動くことが確認されています。快いにおいでは、同じように前へ動く反応は明確ではありませんでした。
においの快さは、脳のどこで、いつ扱われる?
においに近づくか、離れるかを決めるには、そのにおいが自分にとって好ましいかどうかが重要です。これまで人の快・不快の研究は、比較的後の処理を担う脳領域に注目することが多く、嗅球の初期の働きは十分に分かっていませんでした。
この研究の目的は、嗅球の活動が主観的な快・不快とどう結び付き、その処理が回避の動きと時間的に対応するかを調べることです。脳活動を測る実験と、立った状態で体の動きを測る実験を組み合わせました。
19人の額と頭皮から、嗅球の活動を推定
最初の実験には健康な成人19人が参加しました。リナロール、酪酸エチル、2-フェニルエタノール、1-オクテン-3-オール、オクタン酸、ジエチルジスルフィドという6種類を、順番を変えて繰り返し提示しました。参加者は別の日に3回実験に来て、各提示後に強さや快さを評価しています。
においは装置で両方の鼻へ送り、参加者の吸い込みに合わせて開始しました。装置から鼻に届くまでの遅れも測り、解析の時刻を補正しています。
記録には、眉の上の4電極と頭皮の64電極を使用しました。これらの信号と頭部のモデルから、嗅球に由来すると推定される活動を取り出す「エレクトロバルボグラム」という方法です。嗅球へ直接電極を差し込む方法とは異なり、発生源を推定する手順が入ります。
解析では、におい同士が「快さの評価でどれほど似ているか」と、「脳活動のパターンでどれほど似ているか」を比較しました。においの強さの影響を調整し、あらかじめ決めた快臭・不快臭の分類だけに頼らず、各人が実際にどう評価したかを使っています。
速い処理と、少し遅い処理があった
脳の電気活動には、周波数の異なるリズムがあります。この研究では、ガンマ帯とベータ帯と呼ばれる二つの活動に着目しました。約250ミリ秒以降に両者のリズムが結び付く現象が見られ、その周波数を手掛かりに快・不快との関係を調べています。
においを受けて約250〜325ミリ秒ではガンマ帯、約800ミリ秒ではベータ帯の活動パターンが、においの快さの評価と対応しました。1,000ミリ秒が1秒なので、いずれも最初のひと嗅ぎの中の変化です。
後のベータ帯の活動では、においが快さに沿ってよりまとまりよく分かれ、参加者が最終的に報告する評価との対応が詳しく表れていました。著者らは、初期の速い処理と、経験などの情報も取り込んだ後の処理という、段階的な仕組みを考えています。ただし、後の信号がどの脳領域から戻ってきたのか、その流れる方向までは、この解析では決められません。
不快なにおいには、さらに早い活動差
次に、各人が最も快いとした2種類と、最も不快とした2種類を比べました。すると、不快なにおいでは約50〜200ミリ秒の早い時期に、ベータ帯の活動が快いにおいより大きくなりました。反対に、約690〜780ミリ秒の後の時期では、快いにおいのほうが大きい反応でした。
ここで研究チームは、早い不快臭への反応が、身を引く動きの準備と結び付く可能性を考えました。運動に関わる領域を調べると、約300〜400ミリ秒に、不快なにおいと快いにおいで活動の違いが見られました。
つまり、快・不快の情報は後になって初めて加わるだけでなく、嗅球での早い処理にも表れていました。そのうえで、運動に関わる活動との時間的な対応が、次の実験の手掛かりになりました。
約0.5秒後に、体は後ろへわずかに動いた
身体の反応は、床に置いたフォースプレートという装置で測りました。参加者は足をそろえて立ち、目の高さの印を見ながら、余計な動きをしないようにします。装置は、肉眼では分かりにくい体の前後の小さな揺れを記録できます。
まず21人の予備実験で、においの提示後0.25〜1.25秒の複数の時点を調べ、0.5秒を本試験の解析対象に選びました。その後、仮説と解析を事前登録し、新たな44人で検証しています。
本試験では、バニリン、カルボン、魚のにおい、ジエチルジスルフィドを使用しました。予備実験から一部のにおいを入れ替え、特定の刺激だけに依存する結果にならないかも考慮しています。
44人の結果でも、約0.5秒後の体の動きは快臭と不快臭で異なりました。不快なにおいでは、静止位置と比べて後ろへ動く反応が有意でした。一方、快いにおいで有意な前進は認められませんでした。どんな快・不快でも、同じ速さで近づく・離れる動きが対称に起こるわけではないようです。
呼吸の違いだけで説明できるかも調べましたが、この時点での身体の動きと呼吸流量には関連が見られませんでした。嗅球の解析でも、調べた呼吸の指標と活動の対応は認められず、単に吸い方が違ったためという説明を検討しています。
素早い回避を支える手掛かりとして読む
脳活動を測った人は座って静止し、体の動きを測った人は別の実験で立っています。そのため、ある人の嗅球の信号が、そのままその人の後ずさりを起こしたという因果の流れを直接記録したものではありません。二つの結果は、起きる時刻が整合するという関係です。
また、対象は予告なく提示されたにおいの最初のひと嗅ぎです。繰り返し嗅いだときや、食事・空腹などの状態が異なるときにも同じ処理になるかは、今後の課題です。主観的に不快という評価と実際の危険性も分けて考える必要があります。意識して気付く瞬間自体は測っていないため、意識より必ず先に動くとまでは決められません。
まとめ
嗅球の活動には、においを受けて早い段階から快・不快との対応があり、不快なにおいでは快いにおいより早期のベータ活動が大きくなりました。その後には、最終的な快さの評価により詳しく対応する活動も見られました。
別の事前登録実験では、不快なにおいの約0.5秒後に体がわずかに後ろへ動き、快いにおいでは明確な前進は見られませんでした。においを評価する仕組みと、素早く身を引く仕組みが、嗅覚の早い処理段階から関わり合う可能性を示した研究です。
米国NIDCD、Knut and Alice Wallenberg Foundation、スウェーデン研究評議会の支援。著者らは利益相反なしと申告しています。
参考文献
Iravani B, Schaefer M, Wilson DA, Arshamian A, Lundström JN. (2021). The human olfactory bulb processes odor valence representation and cues motor avoidance behavior. PNAS, 118(42), e2101209118. 原著論文。


