この香りの雰囲気は残しながら、花らしさを足したい。そんな調香の注文を、コンピューターは配合に変えられるでしょうか。既存の香りを似せてつくることから一歩進み、狙った特徴を加える方法を試した研究があります。
Aleixandreらが2024年に発表した研究は、精油の質量スペクトルと香りの言葉を学習したAIを使い、新しい配合を探索しました。計算だけで終わらせず、実際に液体を混ぜ、人が嗅ぐ試験まで行っています。結果は、加えたい特徴によって、うまくいく度合いが異なりました。
精油の分析データを、香りの言葉に結びつける
出発点は、94種類の精油について集めた分析データと、39種類の香りの記述語です。言葉は、フローラル、甘い、フレッシュ、ウッディーなど。その精油に当てはまるかどうかを、1か0で記録しました。強さを何点と評価したデータではありません。
質量スペクトルは、分子をイオンにして、質量と電荷の比ごとにどのくらい信号が出るかを並べた、分析上のパターンです。研究者は、このパターンから香りの言葉を予測するニューラルネットワークを学習させました。精油は多数の分子を含みますが、その中身を一成分ずつ同定してから予測する方式ではありません。
学習した予測器を、精油を一つずつ外して確かめると、全体の「バランス精度」は約0.74でした。これは、言葉が当てはまる例と、当てはまらない例を偏りなく評価する指標です。希望どおりの香水が74%つくれる、という意味ではありません。
20種類の混合素材を、配合の土台にする
もう一つの準備として、180種類の精油の質量スペクトルを、20種類の基本となる混合素材の組み合わせで近似するように整理しました。この180種類には、香りの言葉を持つ94種類も含まれます。予測器を学習するデータと、配合の土台をつくるデータでは、使う精油の数が違います。
20種類の素材は、20個の香料分子や、20種類の精油を選んだだけのものではありません。それぞれが複数の精油からなる混合物です。数多くの精油を直接調整する代わりに、この20素材の割合を動かして、狙う分析パターンに近づけます。
20という数は、将来、20本の流路を持つ香り提示装置に組み込むことも考えて選ばれました。今回の官能試験は、計算した配合を液体として用意して行ったもので、映像に合わせて装置が自動的に香りを出すところまで実証したわけではありません。
予測するAIを使って、配合を逆に探す
配合探索では、まず20素材を同じ割合で混ぜた状態から始めます。その配合の質量スペクトルを計算し、AIに香りの言葉を予測させます。そして、目標の言葉の組み合わせとの差が小さくなる方向へ、混合比率を少しずつ変えていきます。
ここで動かすのは配合です。探索のたびに、AIそのものを一から学習し直すのではありません。「この分析パターンなら、こんな香り」という予測器を利用して、「こんな香りになりそうな配合」を逆向きに探しています。
質量スペクトルは、各素材のパターンを配合比で足し合わせられると仮定しました。香りの印象そのものが、いつも単純な足し算になると証明したものではありません。計算上で目標に近づいても、実際に人がそう感じるかは、別に確かめる必要があります。
花らしさを足した試料は、見分けられる?
官能試験では、カモミール、柑橘系、シダーウッド、オレガノの4精油を出発点にしました。元の精油の特徴を目指す「再現配合」と、そこに一つの言葉を追加した「変更配合」を、同じ方法で探索しています。
追加したい特徴は、フローラル、甘い、フレッシュ、ウッディーの4種類です。ただし、すべての精油と特徴を総当たりで試したわけではありません。予測器の成績や、計算が目標へうまく近づいたかを考慮し、8通りの組み合わせを選びました。
募集したのは、専門訓練を受けていない21〜64歳の26人です。試料は順序を無作為にし、評価者にも実施者にも、どちらが変更版か分からない形で提示しました。第一の試験では、2試料のうち、指定した特徴が加わっていると思うほうを必ず選んでもらいます。
フローラルでは、まとめた30回答のうち21回答が変更版を選び、偶然の二択を上回る差がありました。一方、甘いは38回答中25、フレッシュは38回答中22で、統計的な基準を満たしませんでした。ウッディーは30回答中13で、期待した方向にはそろいませんでした。
これらは人数ではなく、試料ごとの選択をまとめた回答数です。論文には26人を募集したとありますが、条件別の表では15または19回答となっており、全員がすべての条件を完了したかの内訳は明確ではありません。
全条件を合計すると、136回答中81回答が期待した方向で、偶然を上回る結果でした。ただし、この合計から、4つの特徴がすべて同じように追加できたとは言えません。特徴ごとの結果を見ることが重要です。
元の香りに近いのは、どちら?
第二の試験では、本物の精油を最初に嗅いでもらい、再現配合と変更配合のどちらが元に近いかを選んでもらいました。合計120回答のうち92回答で、再現配合のほうが近いと選ばれました。
この結果は、元の特徴を狙う配合と、特徴を追加して変える配合を、人が区別できることを支持します。ただし、再現配合が本物と完全に同じ香りになったという証明ではありません。比較した相手より、どちらが近いかを調べた試験です。
配合のよさは、予測器のよさに左右される
フローラルは、分析パターンから言葉を予測する段階でも比較的成績がよく、ウッディーは低めでした。著者らは、配合探索が予測器を頼りに進む以上、予測しにくい特徴は、狙って加えることも難しいと解釈しています。
改善策として挙げられているのは、学習する精油や評価のデータを増やすこと、ニューラルネットワークの設計を改善することです。今回は94精油と限られたデータで、ネットワークの設定も十分に最適化したものではありません。
さらに、使う人から香りへの満足度などの反応を集め、予測器を更新することも提案しています。将来は、こうした配合探索を多流路の香り提示装置につなぎ、映像や娯楽の場面に合わせた香りをつくる構想です。完成した汎用の調香サービスというより、その実現へ向けた原理の試験と位置づけられます。
まとめ
分析データから香りの言葉を予測するAIを使えば、その予測を頼りに配合を逆向きに探せます。実際の精油混合物を人が嗅ぐ試験では、花らしさの追加を支持する結果が得られましたが、甘い、フレッシュ、ウッディーでは同じ成功は確認できませんでした。
この研究の前進は、すでにある香りを似せるだけでなく、狙う特徴を加える設計へ踏み出したことです。よりよい予測データと人からの評価を組み合わせ、計算の上での目標と、実際に感じる香りを近づけていく道筋を示しています。
参考文献
Aleixandre, M., Prasetyawan, D., & Nakamoto, T. (2024). Automatic scent creation by cheminformatics method. Scientific Reports, 14, 31284. DOI: 10.1038/s41598-024-82654-7 / 原著全文。原著:© The Author(s) 2024, CC BY 4.0。


