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title: "SHOYEIDO（松栄堂）— 畑家の香づくりを受け継ぐ工場と、世代をつなぐ「ささや」"
description: "1705年頃の笹屋から13代へ。畑正高の工場づくりとリスン、畑å ƒ章の香りを伝える場、å ˆ代の思いを極細の線香にした「ささや」を通して、松栄堂の技術と継承をたどる。"
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date: 2026-10-12
modified: 2026-10-12
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# SHOYEIDO（松栄堂）— 畑家の香づくりを受け継ぐ工場と、世代をつなぐ「ささや」

> 異なる文化の中で、私たちはしばしば自分たちの文化を再発見するのです。畑正高 — 松栄堂12代当主（2024年）

SHOYEIDO（松栄堂・しょうえいどう）は、京都で300年以上にわたり香づくりを続けてきた老舗である。その歴史は、同じ姿を保つことだけでつながってきたのではない。職人の技を機械へ移し、新しい客に出会う店をつくり、先代が思い描いた線香を次の世代が仕上げる。受け継ぐ品質と、届け方を変える判断が重なっている。

2026年に生まれた「ささや」は、そのつながりを一本の線香にした製品である。細く、繊細な香りをつくりたいという12代の思いが、13代・畑元章の時代に形になった。香り、製造技術、原料の調達、包みの図案。松栄堂の継承は、それらを別々にせず、香をつくり続けられる形へ整える仕事である。

## 基本情報

- 創業：1705年頃、京都に「笹屋」の暖簾をあげる
- 初代：畑六左衞門守吉。3代・守経の頃、「松栄堂」として香づくりを本格化
- 法人化：1942年に有限会社松栄堂を設立、1995年に株式会社へ組織変更
- 現当主：13代・畑元章。2025年に代表取締役社長へ就任
- 公式サイト：[香老舗 松栄堂](https://www.shoyeido.co.jp/)

## 創設者とブランドの成り立ち

### 1705年頃の笹屋から、3代の香づくりへ

松栄堂の始まりは、丹波篠山の里長であった畑六左衞門守吉が、京都で興した「笹屋」という商いである。宝永2年、1705年頃のことだった。御所の主水職を務めた3代・守経の頃に、「松栄堂」として本格的に香づくりに携わるようになる。主水職とは、御所の水や氷を管理する役目である。

香の原料を海外から調達する商いには、届くまでの不確かさがあった。長崎を通じた貿易では船が沈むこともあり、幕末の動乱では家が焼けた。復興や後継者の問題を乗り越えながら、畑家は商いをつないできた。

1897年には、諸外国の暮らしにも合う円錐形のお香「香水香」を開発し、米国へ輸出した。1942年には有限会社となり、戦時中の働き手や原料・設備の制約の中で、家業を守る形を整えた。1990年にはコロラド州ボルダーに米国法人を設けた。京都の香づくりは、材料を得るときにも、香りを届けるときにも、海外との関係に支えられている。

### 12代・畑正高が香房で考えた、技術を受け継ぐ工場

畑正高は大学卒業後に1年間英国へ渡り、1977年に松栄堂へ入社した。父が選んだ最初の仕事は、外の会社での修行ではなく、香房で製造を学ぶことだった。そこには、50代の職人が2人、40代の職人が1人いた。

正高が考えたのは、先輩たちが元気なうちに、彼らが認める製品を機械でつくれるようにすることだった。技術を受け継ぐ若い人を、必要なだけ採用できるとは限らない。目標は単に量を増やすことではなく、職人がよいと判断する品質を、次の製造の仕組みへ移すことにあった。

構想から工場の実現までは、約10年かかった。まず亀岡にあった2か所の倉庫を長岡京へ移し、統合した。原料が積み重なって古い箱を把握しづらくなっていた倉庫のあり方も、製造とともに見直していく。1989年、長岡京工場が竣工した。

> 手仕事の方がいいということはありません。畑正高（2020年）

正高は、香房と工場のどちらもよい品質をつくれると考えていた。一方で、機械で扱えない原料もあるため、手仕事にも役割がある。燃える速さや使い心地まで含め、暮らしの中で受け入れられる香をつくる。その判断を残したうえで、製造の方法を変えたのである。

### リスンと海外の体験会で、新しい客に出会う

1989年には京都・北山にアンテナショップ「lisn（リスン）」も開いた。正高が求めたのは、お香についてまだ決まったイメージを持たない客との出会いである。商品を尋ねられたら「インセンス」と答える。仏事だけに結びつきやすい言葉から距離を取り、暮らしの中で香りを楽しむ入口をつくった。

古くから松栄堂を使う客と、リスンで初めて香りに触れる客。それぞれの接点を保つことで、製品の価値を伝える幅を広げた。2002年にはリスン青山を開き、2004年には京都の店を北山から移した。

海外でも正高は、説明と体験を組み合わせて香文化を伝えてきた。ボストンを最初に訪れたきっかけは、香の遊びに使う美しい蒔絵の箱を持つ個人収集家が、その使い方を説明できる人を探していたことだった。以来、ボストン日本協会などの場で、香に触れる機会を重ねた。

2017年のコロラド大学ボルダー校での催しでは、香の歴史や原料を話した後、灰を整えて香を聞く方法を実演し、参加者へ2種の香りを届けた。聞香とは、香木などの香りを注意深く味わうことである。異文化の人から寄せられる視点は、正高にとって、自分たちの文化の価値を学び直す機会でもあった。

### 13代・畑元章へつながる、香りを伝える場づくり

畑元章も、香りに初めて触れる人との接点を考えてきた。2018年に京都本店の隣へ開いた薫習館では、気軽に入れる体験スペースを設けた。お香に直接関係しないアートの展示も、人が訪れ、香りに気づくきっかけになり得ると考えた。

2022年に始めた「薫ガチャ」は、社員から出た案だった。最初はカプセルトイをどう置くか迷い、見送ったこともある。デザインと場所を検討し、目につく位置へ置くことで、普段におい袋に関心のない人にも手に取ってもらう仕組みにした。香りを知った人が、後の人生でまた思い出す接点をつくろうとしたのである。

2025年、正高の逝去に伴って元章が代表取締役社長に就任し、13代当主となった。翌2026年7月15日に発売した「ささや」では、先代が望んだ細い線香を、自分の代で送り出すことになった。先代の最初の香りの確認、同世代の相談役による命名の提案、次世代を担う常務の調合。複数の世代の判断が、一つの製品に集まっている。

## ブランドのこだわり

### 原料の選定と調合で、香りの重なりをつくる

松栄堂の調合帳は代々受け継がれ、調合師が香りを守っている。元章は2024年に、松栄堂の香りを、音の重なるオーケストラにたとえた。複数の素材が合わさったときの豊かさを、調合によってつくるという考えである。

その原料の多くは、中国、インド、東南アジアなどから届く。香料の表情を直接確かめ、現地の人々との関係を築くことも、制作の一部となる。松栄堂は天然香料の繊細さを大切にしながら、合成香料の印象と組み合わせ、新しい香りをつくる取り組みも続けている。素材に応じて、京都本社の香房と長岡京の製造拠点を使い分ける。

### 練りと乾燥で、調合した香りを一本へ整える

線香づくりでは、粉末にした原料を計量・調合し、つなぎとなる椨粉を加える。椨粉（たぶこ）は、練った素材を線香の形へまとめる役割を持つ。均一に混ぜた後、水を加えて練り、細い穴のある型から押し出して成形する。

練る工程は、温度や湿度の変化を見ながら進める。押し出した柔らかな線香は板へ移し、隙間なく揃え、端を整える。乾燥室では温度と湿度を保ち、空気を循環させながら、数日かけてゆっくり乾かす。素材を混ぜた後にも、形と乾き方を整える仕事が続くのである。

職人の判断と機械による成形は、この工程の中でつながっている。引き継ぐのは配合だけでなく、練った素材の状態や、製品として使われる一本のあり方まで含む技術である。

### ささやの細さで、沈香と白檀へ向き合う

「ささや」の名は、創業時の笹屋と、細やかで繊細な香りを重ねたものである。先代が語っていた、昔の京都の線香の細さを製品にし、継続して製造できる見通しを立てた。調合の豊かな重なりを磨いてきた松栄堂が、沈香と白檀という香木そのものへ向き合った、新たな展開である。

> 「檀」は、白檀の香りをまっすぐに表現しています。畑元章 — 松栄堂13代当主（2026年）

「檀」で元章が目指したのは、鼻を近づければ温めなくても伝わる[白檀（サンダルウッド）](https://lechercheurdeparfum.com/sandalwood/)の甘みを、空間へ広げることだった。細く仕立てることで、穏やかな煙と繊細な香りを引き出そうとした。

「沈」には、原料の沈香を海外で確認していたときの記憶が重なる。一つの袋を開けると、幼い頃に祖母と仏壇へ線香をあげた時間がよみがえった。元章にとっての懐かしさを持つ香木の奥行きを、製品へつなげている。

香木の環境が変わる中で、つくり続けられる原料を選ぶことも「ささや」の課題だった。元章は、原料を確保できること、製造する技術があること、使う人に認められることの三つが揃って、製品は続いていくと考える。細さや香りの印象だけでなく、その先も届けられる形を目指したのである。

### 祖父の書と明治期の図案を使う、ささやの包み

包みに使う「ささや」の文字は、元章の祖父である先々代社長の書である。香炉や挨拶文を載せた扇面など、明治期のカタログにあった図案も取り入れた。

古い図案をそのまま懐古のために飾るのではなく、先人が客へ届けようとしたものと、今伝えたい思いを重ねた包装だ。笹屋という始まりの名、先代の細い線香への思い、祖父の文字、現在の製造と調合。それらを一本と一つの包みにまとめたところに、松栄堂のものづくりが見える。

## 参考文献

- [畑正高インタビュー（2024年）— Japan Society of Boston](https://www.japansocietyboston.org/post/masataka-hata-president-shoyeido-incense-co)
- [創業・歴代の香づくり・法人沿革 — 松栄堂公式](https://www.shoyeido.co.jp/about/history.html)
- [畑元章の代表取締役社長就任（2025年）— 松栄堂公式](https://www.shoyeido.co.jp/topics/2025/10/post-982.html)
- [江戸から現代へ。のれんを守り続けた老舗企業 — 畑正高インタビュー、京都市SILK](https://tumugu-1000nen.city.kyoto.lg.jp/feel/4083/)
- [The History of Shoyeido Incense Company — 米国松栄堂公式](https://shoyeido.com/blogs/about/the-history-of-shoyeido-incense-company)
- [Shoyeido Lecture and Workshop Teaches CU to “Listen” to Japanese Incense（2017年）— コロラド大学ボルダー校](https://www.colorado.edu/cas/2017/10/16/shoyeido-lecture-and-workshop-teaches-cu-listen-japanese-incense)
- [歴史を守り継ぐために。香老舗「松栄堂」が提案する香りの楽しみ方 — 畑元章インタビュー、Think LOCAL](https://think-local.dmdepart.jp/story/20240209kyoto1/)
- [「ささや」発売記念 当主インタビュー（2026年）— 松栄堂公式](https://shop.shoyeido.co.jp/shop/e/essy2606/)
- [香房と工場の役割 — 松栄堂英語公式](https://www.shoyeido.co.jp/english/aboutus/factory.html)
- [お線香ができるまで — 松栄堂公式](https://www.shoyeido.co.jp/incense/flow.html)
- [ささや 檀・極細筋の仕様 — 松栄堂公式](https://shop.shoyeido.co.jp/shop/g/g129982/)
