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title: "Houbigant（ウビガン）── 4世紀を生き抜いた、近代香水の源流"
description: "「もし神がシダに香りを与えたなら、それはフージェール ロワイヤルの香りだっただろう」── ポール・パルケ（Houbigant 調香師、1882年）..."
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date: 2026-03-09
modified: 2026-03-10
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# Houbigant（ウビガン）── 4世紀を生き抜いた、近代香水の源流

> 「もし神がシダに香りを与えたなら、それはフージェール ロワイヤルの香りだっただろう」── ポール・パルケ（Houbigant 調香師、1882年）

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## 基本情報

- **ブランド名**：Houbigant（ウビガン）　​

- **設立年**：1775年

- **創設者**：ジャン＝フランソワ・ウビガン（Jean-François Houbigant, 1752–1807）[](https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Fran%C3%A7ois_Houbigant)​

- **本拠地**：モナコ（Loft S.A.M. 傘下）/ フランス・パリ[](https://de.wikipedia.org/wiki/Houbigant)​

- **現オーナー**：ペリス家（Perris family） ── ジャン・ルカ・ペリス（副CEO）、エリザベッタ・ペリス[](https://ww.fashionnetwork.com/news/Houbigant-opens-first-flagship-stores-in-paris-and-cannes,1764317.html)​

- **公式サイト**：(https://www.houbigant-parfum.com/)

ウビガンは、18世紀から現在まで途切れることなく存続してきた唯一のフレグランスハウスであり、4つの世紀にまたがる歴史を持つ。マリー・アントワネット、ナポレオン、ヴィクトリア女王、ロシア皇帝アレクサンドル3世、そしてダイアナ妃まで――王族と偉人たちに愛され続けた、近代香水の原点ともいえるブランドである。[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

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## 創設者・ブランドの成り立ち

### 花籠の看板を掲げた23歳の若者

ジャン＝フランソワ・ウビガンは1752年12月21日、パリに生まれた。父ニコラと母ジュヌヴィエーヴはいずれも使用人であり、母親はフォーブール＝サントノレ通り39番地に邸宅を構えるシャロスト公爵夫人のもとで働いていた。公爵夫人は心優しい人物で、幼いジャン＝フランソワに目をかけ、教育の機会と独立のためのささやかな資金を与えたと伝えられている。[](https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Fran%C3%A7ois_Houbigant)​

当時のパリは、街路の悪臭と人々の衛生事情のために香水・粉白粉・化粧品への需要が高まっていた時代であった。若きジャン＝フランソワは、香水・手袋製造のギルド（組合）に身を投じた。このギルドの規定はフィリップ2世の治世、1190年に遡るもので、4年間の教育と3年間の徒弟修行が義務づけられていた。彼は将来の義父にあたる調香師デシャンのもとで修行を積み、マスター・パフューマーの資格を得ることになる。[](https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Fran%C3%A7ois_Houbigant)​

1775年、23歳のジャン＝フランソワは、フォーブール＝サントノレ通り（後の19番地）にささやかな店舗を開いた。手描きの「花籠」（À la Corbeille de Fleurs）の看板を掲げたこの店は、香水、手袋、ポマード、白粉、石鹸、そしてブライダルブーケまでを扱っていた。

> 「ウビガンは香水商にして手袋製造人、白粉・軟膏・最高品質の紅を制作し、各種ウェディング・洗礼用バスケットを取り揃えております」── 1801年のウビガン広告より[](https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Fran%C3%A7ois_Houbigant)​

フォーブール＝サントノレ通りは当時のパリで最も流行の先端をゆく新興地区であった。エヴリュー邸（後のエリゼ宮）、ボーヴォー邸など瀟洒な邸宅が次々と建てられ、上流社会の人々がこの界隈に集っていた。ウビガンの商品は、そうした華やかな顧客たちの目に留まることになる。[](https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Fran%C3%A7ois_Houbigant)​

### 王侯貴族の香水商へ

1777年から1782年にかけての帳簿には、シャロスト公爵夫人をはじめ、ポリニャック侯爵、マティニョン伯爵夫人、ショワズール子爵など、そうそうたる貴族の名前が並んでいた。ウビガンはヴェルサイユ宮廷の女性たちに「扇に香りをまとわせる方法」を教え、一振りで恋のメッセージを送る術を伝授したという。

最も劇的な逸話は、マリー・アントワネットにまつわるものである。1793年、断頭台へと向かうマリー・アントワネットは、自らを奮い立たせるため、胸元のコルサージュにウビガンの香水3本を忍ばせていたと伝えられている。また別の伝説では、ヴァレンヌ逃亡事件の際、変装したマリー・アントワネットがウビガンの香水をまとっていたことで王族であると見破られたとも語られている。いずれも確証のないエピソードではあるが、ウビガンの香りがいかに王室と不可分であったかを物語る逸話として語り継がれている。

1789年のフランス革命さえも、ウビガンの売上に大きな打撃を与えることはなかった。新たに権力を得た人々もまた、香水を渇望した。[](https://www.perfumeprojects.com/museum/marketers/Houbigant.shtml)​

### ナポレオンの時代

1807年にジャン＝フランソワが55歳で急逝すると、事業は妻と息子アルマン＝ギュスターヴ・ウビガン（1790–1863）に引き継がれた。ナポレオンの宮廷との関係は深まり、皇后ジョゼフィーヌが属していた「ミュスカダン（ムスク愛好家たち）」と呼ばれるグループにウビガンの香りは欠かせないものであった。ナポレオン自身もヨーロッパ遠征時に遠征用トランクにウビガンの香水を携えていたとされる。

興味深いのは、1815年の「百日天下」の記録である。パリにわずか3カ月しか滞在しなかったナポレオンが、軍の再編という多忙のさなかにもウビガンで買い物をしていたことが記録されている。ブロガーのエヴァン氏が発掘した1815年5月17日付のナポレオンの注文書（ワーテルローの戦いのわずか1カ月前）には、手袋などの注文が記されていたという。

### 欧州王室の御用達パフューマー

19世紀を通じてウビガンの名声はヨーロッパ全土に広がった。

- **1829年**：オルレアン公女アデライード殿下の御用香水商に任命[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

- **1838年**：英国ヴィクトリア女王の「女王陛下の香水商」の称号を授かる[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

- **1890年**：ロシア皇帝アレクサンドル3世により帝室御用香水商に任命。皇后マリア・フョードロヴナのために「ツァリーナ・ブーケ」を創作[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

手書きの台帳には、ロシア皇太后の購入記録が1900年からロシア革命前夜の1917年まで残されていた。さらに皇太后の姉妹であるイギリスのアレクサンドラ王妃は1902年から購入を始め、台帳からは二人の王妃がウビガンでクリスマスの買い物を一緒にしていたことまで読み取れるという。顧客リストにはオランダ国王夫妻、イタリア王妃、文豪トルストイ、モーパッサン、ロスチャイルド家の名前も並んでいた。[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

### ポール・パルケと近代香水の誕生

ウビガンの歴史における最も革命的な転換点は、1880年に調香師ポール・パルケ（Paul Parquet, 1856–1916）が共同経営者として参画したことに始まる。パルケのもとで、製造拠点はヌイイ＝シュル＝セーヌへ移され、施設が拡大し、近代的な実験室が設置された。

パルケは、新しい合成香料の重要性を最初に理解した調香師として広く認められている。1882年（一部資料では1884年）、彼はフージェール ロワイヤル（Fougère Royale）を発表した。これは香水史における金字塔であった。「フージェール（fougère）」はフランス語で「シダ」を意味するが、シダ自体にはほとんど香りがない。パルケはそのシダの「架空の香り」を、[合成クマリン](https://lechercheurdeparfum.com/coumarin/)（トンカ豆から単離される成分）を[ベルガモット](https://lechercheurdeparfum.com/bergamot/)、[ラベンダー](https://lechercheurdeparfum.com/lavender/)、[オークモス](https://lechercheurdeparfum.com/oakmoss/)と組み合わせることで創り上げた。

> 「もし神がシダに香りを与えたなら、それはフージェール ロワイヤルの香りだっただろう」── ポール・パルケ[](https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Parquet)​

これは香水に合成素材を使用した史上初の事例として知られ、「近代香水の誕生」とされている。フージェール ロワイヤルは1960年代後半に市場から姿を消すまで数々の模倣を生み、今日の[フゼアファミリー](https://lechercheurdeparfum.com/fougere-family/)全体の始祖となった。現在、ブリュット（Brut）、ボス（Hugo Boss）、プラダ プール オム（Prada pour Homme）など、世界で最も売れている男性用フレグランスの多くがこのフゼアファミリーに属している。

シャネルNo.5を手がけたことで知られる伝説の調香師エルネスト・ボーは、パルケを「同時代最高の調香師」と称えた。パルケは1908年にレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章し、その遺産をヌイイ＝シュル＝セーヌの小児医療センター設立に捧げた。[](https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Parquet)​

### ロベール・ビエネメとケルク フルール

パルケの後を継いだのが、化学者出身の調香師ロベール・ビエネメ（Robert Bienaimé, 1876–1960）である。1909年にパルケと出会い、その薫陶のもとウビガンに加わった。

1912年、ビエネメはケルク フルール（Quelques Fleurs）を世に送り出した。「ケルク フルール」とは「いくつかの花」を意味する。それまでの花の香水は、ローズならローズ、スミレならスミレと、単一の花を模したものが主流であった。ビエネメは初めて「複数の花を一つの花束として調和させた」マルチフローラル・ブーケという概念を創出した。これは当時としてまったく前例のない手法であり、以後の香水史に多大な影響を与えた。

文豪ギ・ド・モーパッサンはフージェール ロワイヤルの愛用者であったとされ、この香りを「森の香り、あるいは荒野の壮大な喚起であり、花の表現ではなく、緑の肖像画だ」と表現した。[](https://cafleurebon.com/behind-the-bottle-with-rodrigo-flores-roux-houbigant-fougere-royale-responsible-restoration-lucky-scent-draw/)​

1916年にパルケが死去した後、ビエネメはウビガンの創作部門のリーダーとして1930年頃まで活躍した。この間、彼はフランス香水組合（Syndicat National de la Parfumerie）の会長を1923年から1942年にかけて複数回務めている。[](https://bienaime1935.com/pages/histoire)​

ビエネメは1935年に独立して自身のメゾンを設立した後も、ウビガンにはポール・シュヴィングやマルセル・ビヨといった調香師たちが在籍した。1941年にはマルセル・ビヨがシャンティイ（Chantilly）を発表し、これもまたウビガンの重要作品として名を残すことになる。[](https://www.perfumeprojects.com/museum/marketers/Houbigant.shtml)​

### 苦難の時代──破産と名前の行方

20世紀後半、ウビガンは困難な時期を迎えた。ウビガンを所有していたジャヴァル家の娘クレール・ジャヴァルと結婚したイタリア系アメリカ人のシュルレアリスム画家エンリコ・ドナティ（1909–2008）が1965年にウビガンの経営を引き継いだ。ドナティは芸術家としての感性を香水界に持ち込み、1968年には娘アリッサの名を冠した「アリッサ・アシュレー」ブランドを創設した。

しかし時代の変化は厳しかった。1993年、ウビガンはニューヨークで連邦倒産法第11章の保護を申請。負債5,250万ドルに対し資産はわずか2,300万ドルであった。1994年には新興企業ルネサンス・コスメティクスに12のウビガン香水の処方と商標がライセンスされたが、同社はドラッグストアやディスカウントチェーンでの販売を志向し、ウビガンの格は大きく傷ついた。ルネサンス自身も1999年に破産。ウビガンの名は処方が「水増し」されたとの訴訟に揺れた。

### ペリス家による復活

ここでウビガンの物語は、イタリア・ローマ出身のペリス家と交差する。幼少期から香水の世界に魅了されていたミケーレ・ペリスは、フレグランス・化粧品業界の一流企業で早くから経験を積んでいた。1980年代、ミケーレはウビガン家の最後の血族と出会い、コンサルタントとしてウビガンに関わり始めた。

> 「何年にもわたる協力を通じて、2人の男の間に深い友情が芽生えた」── ウビガン公式ブランドストーリーより[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

1981年、ミケーレは自身の会社を設立するが、その事業はウビガンのブランドを流通させることであった。その後、ウビガンのオーナーが健康上の理由で事業を手放さざるを得なくなると、ペリス家はウビガンの歴史あるブランド名を取り戻すことを使命とした。[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

数年にわたる努力の末、2005年、ペリス家はついにフレグランス・化粧品市場におけるウビガンの名前の支配権を獲得した。

> 「最近の経済危機を経て、本物の品質、本物であることへの渇望が高まっている。ただ何かを寄せ集めてきれいなラベルを貼り、高値で売るのではない。フージェール ロワイヤルの組成に宿る品質こそが、今日まさに求められているものなのです」── ジャン・ルカ・ペリス（2010年、Forbes誌インタビューにて）[](https://www.forbes.com/sites/hannahelliott/2010/12/07/names-you-need-to-know-houbigant/)​

ミケーレの息子ジャン・ルカ・ペリスはグラース（Grasse）で調香を学んだ人物であり、自らも調香師としての顔を持つ。姉妹のエリザベッタとコンスエロとともに、ウビガンの復興と[ペリス・モンテカルロ](https://lechercheurdeparfum.com/perris-monte-carlo/)（Perris Monte Carlo、2012年設立）の創設に取り組んできた。

> 「ウビガンがなければ、今日の近代香水はまったく異なるものになっていたでしょう」── ジャン・ルカ・ペリス[](https://ca.news.yahoo.com/houbigant-paris-250-old-niche-175650578.html)​

2025年にはウビガン創業250周年を迎え、パリのフランソワ1世通り62番地（80㎡）とカンヌのクロワゼット大通り（150㎡）にフラッグシップブティックをオープンした。パリへの出店は50年以上ぶりの帰還であった。フィレンツェの建築家フィリッポ・ブレジが手がけた店舗には、パリの宮殿をイメージした「ボワズリー・ウビガン」と呼ばれるシャンパンカラーのパネリングが施され、真鍮縁のガラス棚に香水が美術品のように陳列されている。

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## ブランドのこだわり

### 香りづくりの哲学──「レスポンシブル・レストレーション」

ウビガンの復興にあたって、ペリス家が掲げた方針は「レスポンシブル・レストレーション（責任ある修復）」であった。2010年のフージェール ロワイヤル復刻を託されたジボダンのマスター・パフューマー、ロドリゴ・フローレス＝ルー（Rodrigo Flores-Roux）は、建築修復の概念を香水に応用した。

> 「歴史的な建物を修復するとき、時の経過が刻んだ風合いを少しだけ残しておく『責任ある修復』というアプローチがある。それに倣って私は仕事を始めた」── ロドリゴ・フローレス＝ルー[](https://cafleurebon.com/behind-the-bottle-with-rodrigo-flores-roux-houbigant-fougere-royale-responsible-restoration-lucky-scent-draw/)​

フローレス＝ルーはヴェルサイユのオスモテーク（Osmothèque、香りのアーカイブ）に保存されたオリジナルのフージェール ロワイヤルを嗅ぎ、その精神を汲みつつも、規制により使用できなくなったオークモスを[パチョリ](https://lechercheurdeparfum.com/patchouli/)と[シスタス・ラブダナム](https://lechercheurdeparfum.com/labdanum/)で補い、合成クマリンの代わりに[クラリーセージ](https://lechercheurdeparfum.com/clarysage/)とコスタリカ産[トンカビーン](https://lechercheurdeparfum.com/tonkabean/)の天然クマリンを用いるなど、現代の素材と法規制の中で創造的な再解釈を行った。英国の高名な香水評論家ロジャ・ダヴ（Roja Dove）がコンサルタントとして参画し、ペリス家との三者協働によってこのプロジェクトは完成した。[](https://cafleurebon.com/behind-the-bottle-with-rodrigo-flores-roux-houbigant-fougere-royale-responsible-restoration-lucky-scent-draw/)​

### グラースへの敬意と素材へのこだわり

ジャン・ルカ・ペリス自身が語るように、ウビガンはフランスの伝統への深い敬意をもって香水を作り続けている。

> 「ウビガンはボトルの中身の品質を非常に高く保っているブランドです。尊重すべき長いフランスの伝統がありますから、その深い理解を持つ人々と仕事をしています。そのために何度もグラースに足を運びます。フランス香水の発祥の地であるグラースに」── ジャン・ルカ・ペリス[](https://www.scribd.com/document/799863991/Follow-your-nose)​

ジャン・ルカがペリス・モンテカルロのために最高品質のイランイランを求めてマダガスカルのノシ・ベ島を訪れたり、カラブリア産ベルガモットに「スポンジ抽出法」という伝統製法を採用するなど、原料への妥協のない姿勢がウビガン/ペリスグループの基盤となっている。

### ボトルデザイン──芸術家との協働

ウビガンのフラコン（ボトル）は、単なる容器ではなく「芸術作品」として位置づけられている。[](https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)​

- **コレクション プリヴェのボトル**：シュルレアリスム画家であり、ウビガン家最後の末裔の夫であったエンリコ・ドナティがデザイン。オリジナルのケルク フルールのボトルからインスピレーションを得た、洗練されたフォルムを持つ。[](https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)​

- **コレクション ロワイヤルのクリスタルボトル**（2010年発売）：20世紀初頭にルネ・ラリック（René Lalique）がウビガンのためにデザイン・製造したオリジナルボトルへのオマージュ。アール・デコの美学を現代に再解釈したものである。[](https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)​

- **コレクション レ・マティエールのボトル**（2012年発売）：1900年のパリ万博のためにバカラ（Baccarat）がデザインした「ル パルファム イデアル」のボトルに着想を得ている。なお、このオリジナルボトルは現在、箱根のポーラ美術館に所蔵されている。

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## 香水ラインナップ

ウビガンの現在のコレクションは、歴史と現代性を巧みに融合した複数のラインで構成されている。

### コレクション プリヴェ（Collection Privée）

ウビガンの歴史的名作をエクストレーム濃度で収めたフラッグシップライン。ドナティがデザインしたボトルに入る。[](https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)​

- **ケルク フルール ロリジナル（Quelques Fleurs L’Original）**：1912年誕生の「史上初のマルチフローラル・ブーケ」の現代版。ダイアナ妃が結婚式の日にまとった香水としても知られる。[](https://www.purewow.com/beauty/houbigant-paris-quelques-fleurs-perfume-review)​

- **ケルク フルール ロワイヤル（Quelques Fleurs Royale）**：1829年にウビガンが御用香水商に任命されたオルレアン公女アデライードに捧げた調香の系譜を汲む。[](https://www.byjohn.nl/en/products/houbigant-quelques-fleurs-royale-collection-privee)​

- **エッセンス ラール（Essence Rare）**、**モン ブドワール（Mon Boudoir）**、**ラ ベル セゾン（La Belle Saison）** など。[](https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)​

### コレクション ロワイヤル（Collection Royale）

ラリックのクリスタルボトルを現代に蘇らせた上質なライン。[](https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)​

- **フージェール ロワイヤル（Fougère Royale）**：ロドリゴ・フローレス＝ルーとロジャ・ダヴの協働で2010年に再生。ラベンダー、ゼラニウム、オークモス、パチョリ、トンカビーンなどを核とする。

- **ボワ ミスティーク（Bois Mystique）**、**フィギエ ノワール（Figuier Noir）** 。[](https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)​

### コレクション レ・マティエール（Collection Les Matières）

バカラのボトルにインスパイアされたラインで、一つの天然素材にフォーカスし、その多面性を描き出すことをコンセプトとする。[](https://noseshop.jp/blogs/blog/240119-hbg-debut)​

- **オランジェ アン フルール（Orangers en Fleurs）**、**イリス デ シャン（Iris des Champs）**、**ピヴォワンヌ スヴレーヌ（Pivoine Souveraine）**、**ペタル ド マニョリア（Pétales de Magnolia）** 。

### コレクション オリエンタル（La Collection Orientale）

2023年に発表された比較的新しいラインで、調香師ルカ・マッフェイ（Luca Maffei）とアントワーヌ・リー（Antoine Lie）の協働による。中東の調香伝統とウビガンの18世紀以来のサヴォワフェール（匠の技）を融合させた、大胆なオリエンタル系コレクションである。

- **アンブル デ ザビス（Ambre des Abysses）**、**タバック ノマド（Tabac Nomade）**、**パチョリ ソヴァージュ（Patchouli Sauvage）**、**ウード オー（Oud Or）** 。

### コレクション レ・ザンブル（Collection Les Ambres）

アンブル（琥珀）をテーマにした新ライン。**アンブル リュビ（Ambre Rubis）**、**ローズ デュ デゼール（Rose du Désert）**、**ヴァニーユ アンペリアル（Vanille Impériale）** などが展開されている。[](https://ausliebezumduft.de/en/collections/houbigant)​[](https://mkhouseofscents.com/blogs/news/houbigant-paris)​

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## ちなみに…

- **ダイアナ妃のウェディングフレグランス**：1981年のチャールズ皇太子との結婚式の日、ダイアナ妃はウビガンのケルク フルールをまとっていた。式当日のメイクアップアーティスト、バーバラ・デイリーによれば、ダイアナはあの象徴的なウェディングドレスに誤って香水をこぼしてしまったのだという。[](https://www.purewow.com/beauty/houbigant-paris-quelques-fleurs-perfume-review)​

- **オスカー・ワイルドも顧客**：唯美主義の旗手オスカー・ワイルドもウビガンの愛用者であったとされ、ブランドにとっての「選ばれし顧客」のひとりに数えられている。[](https://escentual.com/blogs/editorial/exploring-parfums-houbigant)​

- **ナポレオンのワーテルロー前の注文書**：1815年5月17日、ワーテルローの敗戦のわずか1カ月前に、ナポレオンはウビガンに注文を出していた。その内容には手袋が含まれていたとされる。[](https://www.perfumeprojects.com/museum/marketers/Houbigant.shtml)​

- **「アリッサ・アシュレー」の生みの親**：エンリコ・ドナティがウビガンの経営に携わっていた時代に生まれたブランド「アリッサ・アシュレー」は、娘アリッサの名前とニックネーム「アシュレー（金髪の意）」を組み合わせたものであった。現在はペリス家のコンスエロ・ペリスが運営している。[](https://www.alyssaashley.com/pages/about-us)​

- **ロシア皇太后のクリスマスショッピング**：ロシア皇太后マリア・フョードロヴナと、その姉妹である英国アレクサンドラ王妃が一緒にウビガンでクリスマスの買い物をしていたことが台帳に残されている。2人の王妃が連れ立って香水を選ぶ光景は、なんとも優雅な歴史の一コマである。[](https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)​

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参考文献

1. Houbigant Parfum – Wikipedia（英語版） – (https://en.wikipedia.org/wiki/Houbigant_Parfum)
2. Houbigant Official “About Us” – (https://www.houbigant-parfum.com/pages/about-us)
3. Jean-François Houbigant – Wikipedia – (https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Fran%C3%A7ois_Houbigant)
4. Perfume Projects: Houbigant History – (https://www.perfumeprojects.com/museum/marketers/Houbigant.shtml)
5. Paul Parquet – Wikipedia – (https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Parquet)
6. Robert Bienaimé – Wikipedia – (https://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Bienaim%C3%A9)
7. Bienaimé 1935: Histoire – (https://bienaime1935.com/pages/histoire)
8. Forbes: “Names You Need to Know: Houbigant”（2010） – (https://www.forbes.com/sites/hannahelliott/2010/12/07/names-you-need-to-know-houbigant/)
9. Escentual: “Exploring Parfums Houbigant” – (https://escentual.com/blogs/editorial/exploring-parfums-houbigant)
10. Houbigant brand story via Historiae – (https://www.historiae-secrets.com/en/170-parfums-houbigant)
11. Trendencias: Gian Luca & Consuelo Perris Interview – (https://www.trendencias.com/belleza/encuentro-en-madrid-con-consuelo-y-gian-luca-perris-los-herederos-de-michele-perris)
12. Houbigant Flacons Blog – (https://www.houbigant-parfum.com/blogs/journal/history-and-heritage-the-emblematic-flacons-from-houbigant-paris)
13. Houbigant Paris 250th Anniversary (Yahoo/WWD) – (https://ca.news.yahoo.com/houbigant-paris-250-old-niche-175650578.html)
14. FashionNetwork: Houbigant flagship stores – (https://ww.fashionnetwork.com/news/Houbigant-opens-first-flagship-stores-in-paris-and-cannes,1764317.html)
15. CaFleureBon: Rodrigo Flores-Roux on Fougère Royale – (https://cafleurebon.com/behind-the-bottle-with-rodrigo-flores-roux-houbigant-fougere-royale-responsible-restoration-lucky-scent-draw/)
16. PureWow: Princess Diana’s Quelques Fleurs – (https://www.purewow.com/beauty/houbigant-paris-quelques-fleurs-perfume-review)
17. Enrico Donati – Wikipedia – (https://en.wikipedia.org/wiki/Enrico_Donati)
18. Alyssa Ashley: Enrico Donati story – (https://www.alyssaashley.com/blogs/blog/enrico-donati-surrealism-and-alyssa-ashley-founder)
19. Alyssa Ashley: About Us – (https://www.alyssaashley.com/pages/about-us)
20. NOSE SHOP: Houbigant collections debut – (https://noseshop.jp/blogs/blog/240119-hbg-debut)
21. Perfume Society: Fougère history – (https://perfumesociety.org/the-unfurling-mystery-of-fougere-a-fragrant-journey-through-time/)
22. Robb Report India: Houbigant’s Return – (https://www.robbreportindia.com/style/fashion-and-beauty/the-perfume-house-that-outlived-empires-why-houbigants-return-matters)
23. Houbigant boutiques page – (https://www.houbigant-parfum.com/pages/our-boutiques)
24. Perris Scribd interview excerpt – (https://www.scribd.com/document/799863991/Follow-your-nose)
25. Persolaise: Rodrigo Flores-Roux interview – (https://persolaise.com/2013/06/rodrigo-flores-roux-on-re-making.html)
26. MK House of Scents: Houbigant – (https://mkhouseofscents.com/blogs/news/houbigant-paris)
27. Houbigant – Wikipedia（ドイツ語版） – (https://de.wikipedia.org/wiki/Houbigant)
28. Getty ULAN: Enrico Donati – (https://www.getty.edu/vow/ULANFullDisplay?find=Miro&role=&nation=&page=1&subjectid=500020337)
