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title: "ジバンシィ（Givenchy）――禁断の香りから始まった「スタイルと優雅さの最後の仕上げ」"
description: "「あなたは、もし可能ならば、ある種のエレガンスを持って生まれなければならない。それはあなたの一部、あなた自身なのです。」 ―..."
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date: 2026-03-15
modified: 2026-03-15
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# ジバンシィ（Givenchy）――禁断の香りから始まった「スタイルと優雅さの最後の仕上げ」

> 「あなたは、もし可能ならば、ある種のエレガンスを持って生まれなければならない。それはあなたの一部、あなた自身なのです。」
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> ― ユベール・ド・ジバンシィ（2010年、オックスフォード大学でのインタビューより）

## 基本情報

- **設立年：** 1952年（ファッションメゾン）／1957年（パルファン・ジバンシィ創設）

- **創設者：** ユベール・ジェームス・マルセル・タファン・ド・ジバンシィ（Hubert James Marcel Taffin de Givenchy、1927–2018）

- **親会社：** LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン（1988年より傘下）

- **公式サイト：** (https://www.givenchybeauty.com/)​

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## 創設者・ブランドの成り立ち

### 北フランスの少年が抱いた夢

1927年2月20日、フランス北部ボーヴェに生まれたユベール・ド・ジバンシィは、フル・ネームを「コント・ユベール・ジェームス・マルセル・タファン・ド・ジバンシィ」という。名前の「ド（de）」は、貴族の家系に与えられる称号であり、彼はファッション界における「最後の貴族」とも呼ばれた。

彼の曾祖父ピエール・アドルフ・バダンは画家として知られており、芸術的な感性は世代を超えて受け継がれた。しかし幼少期に大きな試練が訪れる。父、マルキ・リュシアン・タファン・ド・ジバンシィが、ユベールがわずか2~3歳のとき急逝。母と祖母が彼の育ちに強い影響を与えることとなった。

ファッションへの目覚めは早く、10歳のときにパリで初めてファッションショーを目撃し、デザイナーになることを決意したとされている。 そして17歳になったユベールは、戦時中のボーヴェを離れ、単身パリへ向かう。1944年のことだった。[](https://fashiongtonpost.com/hubert-de-givenchy/)​

### 修業時代――名師たちの薫陶

パリに出たユベールは国立美術学校（エコール・デ・ボザール）に入学し、ジャック・ファスの指導を受けた。 その後、ロベール・ピゲ（1946年）、リュシアン・ルロン（1947年）、エルザ・スキャパレッリと、当時のパリ・モードを代表するアトリエを渡り歩きながら技術と審美眼を磨いていった。

なかでもジバンシィの人生を根本から変えたのは、1953年のクリストバル・バレンシアガとの出会いである。当時のバレンシアガはオートクチュール界の頂点に立つ存在であり、ジバンシィはのちにこう語っている。

> 「バレンシアガは私の知るすべてを教えてくれた。細部への注意、ボタンを役に立たない場所に縫い付けないこと、ドレスを美しくするために花を加える必要がないこと……。余分な細部はいらない。」
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> ― ユベール・ド・ジバンシィ[](https://graciousquotes.com/hubert-de-givenchy/)​

さらに次の発言にも、その深い傾倒が滲む。

> 「バレンシアガのところ、そして神のところ（There’s Balenciaga, and the good Lord.）。」
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> ― ユベール・ド・ジバンシィ[](https://quotefancy.com/hubert-de-givenchy-quotes)​

師の薫陶は、「余分なものをそぎ落とし、シルエットにだけ語らせる」というジバンシィの美学の核心を形成した。[](https://graciousquotes.com/hubert-de-givenchy/)​

### 1952年――最年少のクチュリエ誕生

1952年、25歳のユベール・ド・ジバンシィはパリ8区、アルフレッド・ド・ヴィニー通り8番地にメゾンを開いた。その後1959年に3 アヴニュー・ジョルジュ・サンクへ移転している。

同年2月2日に発表された初コレクション「レ・セパラーブル（Les Séparables）」は、当時のオートクチュール界で常識とされていた「一揃いのルック」という概念を覆す、個々に着回しのできるトップスとスカートという「セパレーツ」スタイルを提唱するものだった。 目を引いたのは、モデルのベッティナ・グラツィアーニの名を冠した白いコットンのブラウス「ベッティナ・ブラウス」。ヴォーグ誌はこのコレクションを「素晴らしいファーストコレクション」と絶賛した。

### オードリー・ヘプバーンとの運命の出会い

1953年、映画「麗しのサブリナ（Sabrina）」の衣装を探していたオードリー・ヘプバーンがジバンシィのアトリエを訪れる。ジバンシィはのちにヴォーグ誌のインタビューで、この最初の出会いを振り返っている。

> 「電話でお会いすることに同意したとき、私はキャサリン・ヘプバーンが来ると思っていた。だから、輝くような、小柄でエネルギッシュなその若い女性を見て、びっくりした。すぐに、映画で必要な衣装をすべて用意することはできないと正直に伝えた。だが彼女はとても魅力的で粘り強かった……」[](https://www.sonrisa.ch/die-geschichte-von-givenchy-l-interdit/)​

ヘプバーンの個性に惹かれたジバンシィは、翌日のアトリエ訪問を承諾。彼女がその場で現行コレクションの服を試着すると、すべてが似合った。こうして始まった二人の関係は、それ以降40年にわたる「特別な愛の物語」へと発展した。ジバンシィ自身、2010年のインタビューでヘプバーンを「とても清新で、比類なく、誠実で、喜びにあふれていた」と語り、「ある日オードリーに出会った1954年から彼女が亡くなるまで、ずっと友情は続いた」と述べている。[](https://www.cherwell.org/2010/06/03/interview-givenchy/)​

1961年の映画「ティファニーで朝食を（Breakfast at Tiffany’s）」でヘプバーンが身にまとったリトル・ブラック・ドレスは、ジバンシィが手がけた作品として今なおファッション史上最も有名な衣装のひとつである。

### 1957年――パルファン・ジバンシィ誕生と「禁断の香り」

メゾン設立から5年後の1957年5月31日、ユベール・ド・ジバンシィはフランスのボーヴェにて「レ・パルファン・ジバンシィ（Les Parfums Givenchy）」を創設した。 この香水部門は主にユベールの兄、ジャン＝クロード・ド・ジバンシィが経営を担当した。ジャン＝クロードはエール・フランスのニューヨーク支社に勤務した経歴を持つ航空業界のエグゼクティブだった。

最初の香水「ラントルディ（L’Interdit）」の誕生には、忘れられないエピソードが残っている。実はこの香りは、1954年にすでに秘密裡に創られていた。ジバンシィはオードリー・ヘプバーンへの贈り物として、グラース（フランス南部の香水産地）の調香会社「ルール・ベルトラン・デュポン（現ジボダン）」に依頼し、調香師フランシス・ファブロン（Francis Fabron、1913–2005）が手がけた作品を彼女だけに捧げた。 ヘプバーンはこの香りを愛し、「どんな香水をつけているの？」と問われても秘密を守り続けたという。

1957年、ジバンシィがこの香りを正式に発売しようと考え、ヘプバーンに打ち明けると、彼女はこう答えたとされる。

> 「ジュ・ヴ・ランテルディ！（Je vous l’interdis! ＝ 禁じます！）」
>
>
>
> ― オードリー・ヘプバーン

この言葉がそのまま香水の名前になった。ヘプバーンはやがて発売を承諾し、みずから広告キャンペーンにも登場した。これはフランス語で「禁断」を意味する「ラントルディ」という名前の由来であり、また映画スターが香水の広告に登用された史上初の事例となった革命的な出来事でもあった。 発売初日だけで4,000本を売り上げたとも伝えられている。

ジバンシィ自身は香りを「スタイルと優雅さの最後の仕上げ」と考えており、この哲学がブランドの香水づくりの出発点となった。

### LVMH傘下へ

1979年にパルファン・ジバンシィはフランスのインスティテュート・ド・デヴロップモン・アンデュストリエル（IDI）に売却され、1988年にはLVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンがジバンシィのクチュールグループを買収した。 ユベール・ド・ジバンシィは1995年に引退し、2018年3月10日、91歳でその生涯を閉じた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領はその死に際して「フランスはエレガンス、創造、発明の巨匠を失った」と追悼した。

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## ブランドのこだわり

### 「香りは、スタイルの最後の仕上げ」という哲学

ジバンシィの香水づくりは、ユベール・ド・ジバンシィが生涯を通じて追求した美学から切り離せない。彼は服に対して「引き算の美学」を信条とし、クチュールについてこう語っている。

> 「偉大な絵画や建築のように、クチュールも、服を作るためには削ぎ落とす、削ぎ落とす、また削ぎ落とすことで、真のラインの意味が生まれる。加えれば加えるほど、荷物を積めば積むほど、おかしくなる。シルエットだけを残そうとしなければならない。それこそが服の知性だ。」
>
>
>
> ― ユベール・ド・ジバンシィ[](https://graciousquotes.com/hubert-de-givenchy/)​

この「削ぎ落とすことで本質が現れる」という考え方は、香水においても「余計な装飾に頼らず、素材そのものの個性を際立たせる」精神として反映されてきた。ジバンシィのビューティーサイトでは、香りを「クチュールが身体を纏うように皮膚を包むもの」と表現している。[](https://www.givenchybeauty.com/us/house-1/signaturescent.html)​

### ボトルとパッケージのデザイン

ジバンシィのフレグランスボトルは、クチュールのシルエットを思わせる彫刻的なフォルムが多い。1984年に発売された「イザティス（Ysatis）」のボトルはチェスの駒のようなアール・デコ調の縦型デザインで、ピエール・ディナン（Pierre Dinand）がデザインを手がけた。 2006年発売の「アンジュ・デ・モン（Ange ou Démon）」のボトルはシャンデリアのクリスタルをモチーフとしており、デザインはセルジュ・マンソーが担当している。[](https://cahiersdemode.com/ange_ou_demon/)​​

2018年に復刻された「ラントルディ」の新ボトルは、1957年のオリジナルへのオマージュとして、「柔らかな四角さ」を持つデザインとした。ヘプバーンと新しいミューズであるルーニー・マーラの両方を象徴するアンドロジナス（両性的）なシルエットを意図したものだという。[](https://cosmeticsbusiness.com/givenchy-reboots-audrey-hepburn-fragrance-l-interdit-with-rooney-mara-as-muse-147273)​

パッケージについては近年、環境への配慮も進んでいる。2021年には「ジェントルマン」シリーズのボトルを再設計し、ガラス使用量を最大30%削減。同ブランドは2025年までにすべての製品の環境影響スコア（EPI）を2017年比40%改善するという目標を掲げた。

### 素材とムスク――ボーヴェの工場

香水の製造は、ユベールの故郷でもあるフランス・ボーヴェに設けられた工場で行われている。この工場は1968年に建設された。立地の背景には、ジバンシィ家がオワーズ県に根付いていたこと、地域の製造業の伝統、ガラス製品メーカー（ブレスル渓谷のポシェ＝デュ・クルヴァル社）への近接性、そして熟練した女性労働力の確保しやすさがあったとされる。 さらに1995年にはエーヌ県ヴェルヴァンに第二の香水工場が建設された。

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## 香水ラインナップ

ジバンシィの香水の歴史は70年近くに及ぶ。

### クラシックス（創設期〜1990年代）

**ランテルディ（L’Interdit）** ／ 1957年
フランシス・ファブロンが調香した伝説の一作。ローズ、ジャスミン、バイオレット、トンカ・ビーンなどを核とする「フローラル・アルデヒド」系の香り。アルデヒドは石鹸や霜のような清涼感をフローラルノートに与える、1950年代に流行した成分であった。 「ヘプバーンの香り」として長らく語り継がれ、1990年代に一度製造中止となった後、2002年に復刻されている。

**ムッシュー・ド・ジバンシィ（Monsieur de Givenchy）** ／ 1957年
パルファン・ジバンシィ創設と同年に発売された最初のメンズフレグランスのひとつ。ラントルディと同じくフランシス・ファブロンが調香。カーネーション、シナモン、ペッパー、レモンのトップに、ラベンダー、ムスク、サンダルウッドなどを持つ古典的な構成。[](https://cleopatrasboudoir.blogspot.com/2014/01/givenchy-perfumes.html)​

**ジバンシィ・ジェントルマン（Givenchy Gentleman）** ／ 1974年
調香師ポール・レジェ（Paul Leger）が手がけた、パチョリレザー系の傑作。ハニー、シナモン、ローズ、ジャスミン、タラゴンのトップに、パチョuli、シダー、オリスルート、そしてベースにレザー、アンバー、シベット、オークモスなど深い余韻を持つ。1970年代のメンズ香水の潮流に一石を投じた革命的な作品とされ、フレグランス愛好家の間では今なお「パチョリ系フレグランスのランドマーク」と称される。

**イザティス（Ysatis）** ／ 1984年
調香師ドミニク・ロピオン（Dominique Ropion）が、100種以上の香料を用いて創り上げたとされる大作。マンダリン、ベルガモット、ガルバナムのトップから、ジャスミン、ローズ、チューベローズなどの豊かなフローラルハート、そしてパチョリ、ヴェティヴェール、サンダルウッド、オークモスなど深いウッジーオリエンタルのベースへと続くアニマリック・オリエンタル・シプレ系。発売当時は「ヴェネツィアの仮面祭」をテーマにした広告で話題を呼んだ。同フレグランスは1980年代半ばに米国でのジバンシィ売り上げ全体の約78%を占め、グループ全体の米国収益は当時8,300万ドルに達した。 この成功がその後の「ゼリウス（Xeryus）」誕生のきっかけにもなったという。[](https://givenchyperfumes.blogspot.com/2014/09/ysatis-by-givenchy-c1984.html)​

**ゼリウス（Xeryus）** ／ 1986年
イザティスのメンズ版として企画された、アルテミシアとサイプレスを核とするウッディ・グリーン系フレグランス。当初「ケリウス（Keryus）」という名が候補にあがっていたが、イヴ・サンローランが自社の「クール（Kouros）」と似すぎていると異議を申し立て、現在の名称に変更された経緯がある。[](https://basenotes.com/fragrances/xeryus-by-givenchy.26121713)​

**アマリージュ（Amarige）** ／ 1991年
ガーデニア、ミモザ、プレシャスウッドなどを組み合わせた明るいフローラル・オリエンタル。「地中海の岸辺」を連想させる甘くふくよかな香りとして、ジバンシィを代表するウーマンズフレグランスのひとつになった。[](https://www.givenchybeauty.com/int/en/p/amarige-F10100000.html)​

**オルガンザ（Organza）** ／ 1996年
ユベール・ド・ジバンシィ引退翌年に発売。繊細な花柄のテキスタイル「オルガンザ」を名に冠した、フローラル・オリエンタル系の女性香水。

**パイ（Pi）** ／ 1998年
調香師アルベルト・モリラス（Alberto Morillas）が手がけた、マスキュリン・ウッディ・オリエンタル系。数学の定数「π（パイ）」を名前に採用しており、タンジェリン、ネロリ、バジル、ローズマリー、バニラ、スギなどが重なる個性的な香り。[](https://undina.com/2012/03/14/givenchy-pi/)​

### 2000年代以降のモダン・ライン

**ヴェリー・イレジスティブル（Very Irrésistible）** ／ 2003年
調香師ドミニク・ロピオン、カルロス・ベナイム、ソフィー・ラベが共同で創り上げた、フローラル・スパイス系。ジバンシィ初のフローラル・スパイスのブレンドとして、「スカルプチャーボトル」と呼ばれる彫刻的なボトルでも注目された。[](https://perfumesociety.org/169008-2/)​

**アンジュ・デ・モン（Ange ou Démon）** ／ 2006年
調香師オリヴィエ・クレスプとジャン＝ピエール・ベソワールが担当。2005年にジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任したリカルド・ティッシの世界観を反映し、天使と悪魔、清純と妖艶が入り混じる「フロリエンタル」系の香り。マンダリン、サフラン、タイム、ユリ、オーキッド、イランイラン、トンカ・ビーン、バニラなどで構成される。 なおイスラム圏では「アンジュ・オウ・エトランジェ（天使か異邦人）」という名で販売されたとされる。[](https://cahiersdemode.com/ange_ou_demon/)​

**ランテルディ（L’Interdit）再生版** ／ 2018年〜
2018年、LVMHはラン**テ**ルディを全面的にリブランディング。新たなミューズとして女優ルーニー・マーラ（Rooney Mara）を起用し、「禁断の一線を越えるスリル」というコンセプトのもと、ホワイトフラワー（オレンジブロッサム、サンバック・ジャスミン、チューベローズ）と「ブラックアコード」（パチョリ、ヴェティヴェール、アンブロキサン）の対比を打ち出した新作を発表した。

### オートパルファムリー：ラトリエ・ド・ジバンシィ（L’Atelier de Givenchy）

2014年に発売された「ラトリエ・ド・ジバンシィ」は、ハイエンドのユニセックス・コレクション。各香水はひとつの貴重素材を中心に据え、その素材とジバンシィのクチュールコレクションのモチーフを組み合わせた世界観を持つ。 発売時は7つのフレグランス（アンブル・ティグレ、ボワ・マルシャル、キュイール・ブラン、シプル・カレス、ネロリ・オリジネル、ウード・フランボワイヤン、イラン・オーストラル）でスタートし、のちに9種類に拡張された。 ボトルは厚いガラス素材のシンプルな長方形で、糸巻きを模した色付きの糸が巻かれたブラックキャップが特徴的。色はそれぞれの「嗅覚のトーン」に対応している。

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## ちなみに……

- ジバンシィのトレードマーク的ロゴ「4G」は、4つのGを正方形に組み合わせたデザイン。このロゴが現在の形になったのは実は2003年のことで、タイポグラファー兼グラフィックデザイナーのポール・バーンズが4つのGを組み合わせてデザインした。ユベール・ド・ジバンシィ自身が創設したロゴを起源に持つとされるが、現在の「4Gシンボル」の確立は2003年とされている。

- ヴォーグ誌のインタビューで、若きジバンシィとヘプバーンの最初の電話での約束について、ジバンシィは「キャサリン・ヘプバーン（Katharine Hepburn）が来ると思っていた」と明かしている。「オードリー（Audrey）」と「キャサリン（Katharine）」というふたりのヘプバーンの名が混同された「勘違い」が、20世紀最大のファッション友情の幕開けだったという。[](https://www.sonrisa.ch/die-geschichte-von-givenchy-l-interdit/)​

- 「ラントルディ」の発売初日の売上は4,000本と伝えられている。 これは1950年代のクチュール香水としては異例の滑り出しであった。[](https://www.wikiwand.com/en/articles/L)​

- ジバンシィは「ジェントルマン・オンリー」の発売にあたり、英国俳優サイモン・ベイカーを広告キャンペーンに起用した。[](https://www.thegentlemansjournal.com/article/fragrance-gentlemen-only-by-givenchy/)​

- ジバンシィの香水の製造工場はユベールの故郷ボーヴェにあり、現在は約400人の従業員を擁する香水・化粧品合算の拠点となっている。また、1995年には第二工場がヴェルヴァン（エーヌ県）に稼働し、同所でも約250人が働いている。[](https://www.wikiwand.com/en/articles/Parfums_Givenchy)​

参考文献

1. Escentual – “The History of GIVENCHY” – (https://escentual.com/blogs/editorial/what-is-givenchy-famous-for)
2. Wikipedia – “Parfums Givenchy” – (https://en.wikipedia.org/wiki/Parfums_Givenchy)
3. Wikipedia – “Hubert de Givenchy” – (https://en.wikipedia.org/wiki/Hubert_de_Givenchy)
4. The Perfume Society – “Hubert de Givenchy 1927–2018” – (https://perfumesociety.org/169008-2/)
5. Cherwell – “Interview: Givenchy”（2010年オックスフォード大学でのインタビュー） – (https://www.cherwell.org/2010/06/03/interview-givenchy/)
6. Gracious Quotes – “Top 35 Hubert de Givenchy Quotes” – (https://graciousquotes.com/hubert-de-givenchy/)
7. Wikipedia (Wikiwand) – “Parfums Givenchy” – (https://www.wikiwand.com/en/articles/Parfums_Givenchy)
8. Wikipedia (Wikiwand) – “L’Interdit” – (https://www.wikiwand.com/en/articles/L)
9. Cosmetics Business – “Givenchy reboots Audrey Hepburn fragrance L’Interdit with Rooney Mara as muse” – (https://cosmeticsbusiness.com/givenchy-reboots-audrey-hepburn-fragrance-l-interdit-with-rooney-mara-as-muse-147273)
10. Luxury Activist – “Givenchy L’Interdit Is Back… With A New Face: Rooney Mara” – (https://luxuryactivist.com/givenchy-linterdit-is-back-with-a-new-face-rooney-mara/)
11. The Fashion Law – “The Story of How Givenchy Ended up Under the Umbrella of LVMH” – (https://www.thefashionlaw.com/the-story-of-how-givenchy-ended-up-under-the-umbrella-of-lvmh/)
12. Givenchyblogspot（非公式）– “Ysatis by Givenchy c1984” – (https://givenchyperfumes.blogspot.com/2014/09/ysatis-by-givenchy-c1984.html)
13. The Gentleman’s Journal – “Fragrance – Gentlemen Only by Givenchy” – (https://www.thegentlemansjournal.com/article/fragrance-gentlemen-only-by-givenchy/)
14. Now Smell This – “L’Atelier de Givenchy collection ~ new fragrances” – (https://nstperfume.com/2014/03/17/latelier-de-givenchy-collection-new-fragrances/)
15. Givenchy Beauty 公式サイト – “The Essence of a Signature Scent” – (https://www.givenchybeauty.com/us/house-1/signaturescent.html)
16. Givenchy Beauty 公式サイト – “Timeless and Avant-Garde: The Vision” – (https://www.givenchybeauty.com/us/house-1/fearlessclassic.html)
17. LVMH公式サイト – “Givenchy Parfums” – (https://www.lvmh.com/en/our-maisons/perfumes-cosmetics/givenchy-parfums)
18. Sonrisa – ジバンシィとオードリー・ヘプバーンの出会いに関する記事（独語）– (https://www.sonrisa.ch/die-geschichte-von-givenchy-l-interdit/)
19. Fashiongton Post – “Hubert de Givenchy Biography” – (https://fashiongtonpost.com/hubert-de-givenchy/)
20. Basenotes – “Xeryus by Givenchy” – (https://basenotes.com/fragrances/xeryus-by-givenchy.26121713)
21. Cahiers de Mode – 「アンジュ デモン」解説（日本語）– (https://cahiersdemode.com/ange_ou_demon/)
22. Givenchy Beauty 公式サイト – “Reinventing Our Packaging” – (https://www.givenchybeauty.com/en/bg/house-1/reinventer-nos-produits.html)
